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ブラインドファイター:盲目の総合格闘家が見出した光

© Paul Samuels
ある悲劇で視力を失った南アフリカ初の黒人総合格闘技王の戦いはまだ終わっていない。
Written by Tom Ward公開日:
南アフリカ・ダーバンのグレイヴィル競馬場で開催されているプロアマ混合の総合格闘技トーナメント。会場の外は、雨が激しく降り、雷光が瞬いている。会場の中は、隔月で開催されるこのイベントのスタートを待つ2,000人の観客の顔をネオンライトが照らしている。
第1試合は、地元の団体GBH(Gorgeous Boyz Hardcore)に所属するバンタム級選手、イクサン・ラハマンの試合だ。しっかりと作り上げてきたラハマンは、試合開始のゴングを待ちわびながらステップを刻んでいる。そして、彼と同じく鍛え抜かれた体をしている対戦相手もウォームアップをしている。
ゴングが鳴る。2人の体が激しくぶつかり合い、観客は大歓声を上げた。
試合開始直後はラハマンが劣勢だった。しかし、ラハマンはパーフェクトなタイミングでキックを数回入れてテイクダウンを奪うと、あっという間に相手をKOして、勝利を手にした。
試合後、ラハマンはコーチのロナルド・ドラミニを讃えた。ドラミニは南アフリカ初の黒人ウェルター級王者になった人物として知られている。しかし、ドラミニの凄さは、5年前から全盲というところにある。
若手総合格闘家に知恵を授ける
若手総合格闘家に知恵を授ける
試合中のラハマンの動きは口頭でドラミニに伝えられていた。ドラミニは目で確認しなくても試合内容を把握できるのだ。
そして、この試合の数週間前から、ラハマンとドラミニは対戦相手の動きや反応、弱点などを研究しながら、この勝利のために練習を重ねていた。
ラハマンがドラミニと出会ったのは、ドラミニが視力を失ったあとだったが、彼は試合後にあらためて勝利はドラミニの洞察力によってもたされたことを強調する。
「僕のコーチは目が見えないのに凄いことをやってのける。パンチを避けたり、パンチを放ったり、テイクダウンしたり、関節を決めたりできるんだ。全てを見る必要はなくて、ただ感じれば良いってことを学んだよ」

ブラックマンバ誕生

176cm・78kgのドラミニは屈強な肉体を誇っている。潰れた耳が格闘家だったことを如実に物語っているが、実際は物腰の柔らかいハンサムな人物だ。
プロの総合格闘家として2012年まで現役を続けたドラミニは、27勝4敗という素晴らしい戦績を誇っている(2敗はKO。残り2敗は負傷による棄権)。しかし、ドラミニは若い頃から戦いの中で生き残る術を学んでいた。
視覚以外の感覚が研ぎ澄まされた。嗅覚や聴覚が鋭くなった。今の僕は触るだけで相手の体重が分かるし、スパーリングでは相手の呼吸やステップワークに耳を澄ませている。隙が大きくなったと分かった瞬間に攻撃を仕掛けるんだ
ロナルド・ドラミニ
ドラミニは落ち着いた声で次のように振り返る。
「昔から格闘技の世界に興味を持っていた。貧しい家庭に育った僕は、物静かでシャイな少年だった。頭が大きいといじめられることも多く、学校が終われば毎日そういういじめに向き合わなければならなかった」
ドラミニがいじめとは違う戦いの世界に出会ったのは11歳の時だった。
ドラミニは暮らしていた祖母の家を離れ、ダーバンから車で90分の距離にある、マンディニのタウンシップ(Township:アパルトヘイト時代の黒人居住区。現在も貧困層の多くが暮らしている)、サンダムビリで両親と14歳の兄と暮らし始めたのだが、その兄が極真空手を学んでいたのだ。
家で退屈していたドラミニは兄と一緒に空手を学ぶことにした。しかし、道場に向かった彼は、周囲から疑念の目を向けられ、格闘技の知識が何もなかったにも関わらず、その道場で最強とされる空手家のひとりといきなり対戦することになった。
「いきなり黒帯と対戦したが、気にしなかった」
「いきなり黒帯と対戦したが、気にしなかった」
「初日に黒帯と対戦させられたんだ」と振り返るドラミニの声は少し高い。
「でも気にしなかったよ。自分が劣っているのは分かっていたし、失うものは何もなかったからね。あの日をきっかけに、最強を目指すようになった」
そしてドラミニは、あの黒帯よりも強くなるという決意を胸に、片道6kmを歩いて学校に通ったあと、片道10kmを走って道場へ向かい、そこで練習を積んでからまた走って家に帰るという生活を続けた。
「3ヶ月後、彼に攻撃を当てることができた。そしてそれから2ヶ月後、彼は僕に勝てなくなった」
こう振り返る彼の声には今もプライドが感じられる。
ドラミニの格闘技生活はここで終わったわけではなかった。彼はより強い相手を積極的に求めていった。空手に飽きたドラミニは19歳でキックボクシングに転向し、その後、ムエタイに進んだ。
今も残る彼の愛称 "ブラックマンバ" が生まれたのは、そのムエタイのデビュー戦だった。
ドラミニと同じレベルに上がれるリソースを持っている南アフリカ出身の黒人選手はほとんどいなかったため、彼の対戦相手は全員白人だった。よって、ドラミニの鍛え抜かれた漆黒の肉体とテイクダウンを高速で奪う才能は、すぐに注目を集めることになった。
ドラミニの歩みは世界に勇気を与える
ドラミニの歩みは世界に勇気を与える
そのデビュー戦で、ドラミニは対戦相手をノックダウンしたあと、その相手が立ち上がるのを待つ間に両脚を前後に開いてスプリットを披露した。観客はそのパフォーマンスに歓喜した。ドラミニは笑って振り返る。
「僕が勝利すると、観客全員が "ブラックマンバ! ブラックマンバ!" と叫び始めたんだ」
その後、ドラミニは、友人の穴を急遽埋める形で総合格闘技デビューを果たした。
この試合に勝利したドラミニは、総合格闘家として徐々に評価を高めていったが、同時にあるトップレベルの白人格闘家からオンライン上で人種差別的な発言を受けるようになった。
ドラミニはこれに応じなかった。そして、この騒ぎに決着を付けるべく、2010年にウェルター級の南アフリカタイトルマッチが組まれた。
ドラミニはその白人選手を瞬殺した。
「あっという間に彼を倒した。彼のコーチは色々な指示を叫んでいたよ。でも、僕は彼に "何をしようが無駄だ" と言い続けていた」
試合に勝ったドラミニはケージによじ登った。黒人初の総合格闘技コーチとして知られていたリン・ハッサンと組んでいたドラミニが、南アフリカ初の黒人のウェルター級王者となった瞬間だった。
それから2年後、ドラミニはプロ総合格闘家としてのキャリアを終えた。手に入れられるものは全て手に入れていた彼に挑戦は残っていなかった。キャリアピークでの引退だった。

暗黒の日々

この頃から、ドラミニは頭痛に悩まされるようになった。頭に鈍痛が走るようになったのだ。頭痛が生じてから数日後、ドラミニは病院へ向かった。
医者からは髄膜炎だと診断され、治療可能だと伝えられた。そして、その医者が去ると、看護師がやってきて、医者には内緒だと言って、痛み止めを注射した。
「その看護師が5歩下がると、突然何も見えなくなった」
突然暗闇へ引きずり込まれたショックと混乱を振り返るドラミニの言葉は重い。
「それから昏睡状態が10日間続き、目が覚めた僕は怒り狂った。全員を殴ろうとした。リングに立っていると思ったんだ」
それから数日後、家族の面会が許された。双子の妹が毎日付き添い、GBHの仲間たちも時間を作って立ち寄った。病院のベッドに寝ている王者の姿は、仲間たちの目に涙を誘った。
暗い未知の世界に慣れようとするドラミニは痛みに悩まされ、食事もろくにできなかった。体重は一気に49kgまで落ちた。あの偉大な "ブラックマンバ" の復活を信じるのは難しい状況だった。
昏睡状態が10日間続き、目が覚めた僕は怒り狂った。全員を殴ろうとした。リングに立っていると思ったんだ
ロナルド・ドラミニ
しかし、ドラミニは倒れたままでいることを拒み、また戦いに挑むことを決意した。家族が住む家に移り、妹と両親に風呂や食事を世話してもらった。数ヶ月をかけて、ドラミニは徐々に生活を取り戻していった。
筋力が戻ってくると、ドラミニは家族からの助けを拒否し、自力で家の中を動き回るようになった。以前の強さを少しでも取り戻すつもりなら、自分の肉体を自力で支えなければならないことを彼は知っていた。
新たな挑戦が手渡されたドラミニは、リング上の自分に勝利をもたらした精神力でそれを乗り越えていった。
「メンタルが元に戻り始めたんだ。目が見えようと見えなかろうと、再び立ち上がって、世界に違いをもたらす必要があると思い始めた」
「視力を失えばメンタルがくじかれ、自信を失う。生きることは苦しむことだ。でも、その苦しみの中に意味を見出す必要がある。僕に困難が与えられたのは、僕には乗り越えられる力があるからだと思うようになった」
「目が見えようと見えなかろうと、再び立ち上がる必要があった」
「目が見えようと見えなかろうと、再び立ち上がる必要があった」
その苦しみを乗り越える間にドラミニが出会った盲目の人たちは、彼ほど強い意志を持っていなかった。彼らの多くは虐待を経験しており、強盗に遭ったり、暴力を振るわれたりした過去を持っていた。彼らの存在を知ったドラミニは自分が進むべき道を見出した。視力を失っている人たちに護身術を教えようと思ったのだ。
「目が見えていたら彼らと出会うことはなかったし、僕のスキルを彼らに教えたいと思ったんだ」
自分を取り戻したと思えるようになっていたドラミニは、仲間たちに声を掛けて地元のショッピングモールに集まってもらった。食事をしながら、ドラミニは彼らにブラックマンバはまだ死んでいないこと、時折自分に合わせてくれればそれで良いと冗談交じりに伝えた。仲間たちは笑った。
「格闘家人生でひとつ学んだことがある。試合に負けた日は、仲間と会って前に進むのさ。僕は大勢の前で負けたことがある。落胆したこともある。それでも前に進むんだ」

ブラックマンバ復活

ドラミニは今も前進を続けている。GBHの本部Train Gymで汗を流している37歳のドラミニの姿からは、視力を失っても格闘家としてのスキルが落ちていないことが明確に伝わってくる。
ドラミニの動きは自然でしなやかだ。肉体も鍛え抜かれている。彼は軽やかなステップワークで全てのパンチをサンドバッグに次々と叩き込んでいく。
ドラミニのトレーニングパートナーは、幾度となく彼と組んできたハッサンが務めている。GBH最高の格闘家のひとりで、ドラミニの親友のひとりでもあるハッサンはドラミニの姿を見ながらこう語る。
「ロナルドは自分の環境を受け容れた。受け容れるか死ぬかの選択だった」
視力を失えばメンタルがくじかれ、自信を失う。生きることは苦しむことだ。でも、その苦しみの中に意味を見出す必要がある。僕に困難が与えられたのは、僕には乗り越えられる力があるからだと思うようになった
ロナルド・ドラミニ
「ここまで強い人物に出会えるとは思っていなかった。人生を最大限生きてきたロナルドは、今も人生を最大限生きようとしている。前に病院で訊ねたことがあるんだ。何をしたいかってね。ロナルドは "君たちと一緒に練習したい" と答えた。彼はそれだけを望んでいたんだ」
奇遇なことに、ドラミニが視力を失う3ヶ月前から、彼とハッサンは目隠しをした練習を取り入れていた。片方が目隠しをして練習すれば実戦に役立つはずだという考えから始めた練習だったが、当然、当時の彼らはこれが本当に役立つ日が来るとは思ってもいなかった。
"フルコンタクト" がドラミニの助けになった
"フルコンタクト" がドラミニの助けになった
この練習の経験が、ドラミニに視覚以外の感覚を鍛えて、格闘技を続けようという気持ちにさせた。今のドラミニは、車での移動中に細かい指示を出すことができる。道路脇の目印をピンポイントで示せるのだ。しかし、彼のこの "変身" が何よりも明確に分かるのはリングの上だ。ドラミニはほぼ毎日、目が見える人と目が見えない人を相手に練習を重ねている。
総合格闘技は打撃、固め技、投げ技と "相手に触れること" を前面に押し出しているが、ドラミニはこの特徴が自分の助けになっていることに気が付いており、「1回触れれば、相手の位置と動きが分かる」としている。
リングに上がったドラミニは、対戦相手のステップ、攻撃の方向、パンチの距離などを視覚化する。パンチが顔面に向かっているかどうかを瞬時に理解できる彼は、顔を狙えば脇に隙が生まれることも理解しているため、電光石火で懐に潜り込み、相手を倒すことができる。
「人間の五感で最も強いのは視覚だ。一度見たものを忘れるのは難しい。でも、今の僕は "触ったもの" を忘れない」
「視覚以外の感覚が研ぎ澄まされた。嗅覚や聴覚が鋭くなった。今の僕は触るだけで相手の体重が分かるし、スパーリングでは相手の呼吸やステップワークに耳を澄ませている。隙が大きくなったと分かった瞬間に攻撃を仕掛けるんだ」

新しい光

土曜日に開催されているグレイヴィル競馬場の総合格闘技トーナメントで、ドラミニはサングラス、スポーツウェア、ゴールドアクセサリーを身に着けて、ハッサンと共に観客の前に姿を現す。
"ブラックマンバ" モードの彼は、GBHロゴがぶら下がったゴールドチェインを首にかけ、キャップを後ろ向きにかぶり、GBHのロゴが胸にプリントされているTシャツを着ている。GBHの他のメンバーは彼が横を通ると会釈する。
このトーナメントは、地元の格闘技シーンのレジェンドで、ラリー師範(Shihan Larry)として親しまれているラリー・ヴォルスターが主催している。ドラミニはウェルター級王者になったあと、ラリー師範の道場で総合格闘技を教えていた。
目が見えない人に護身術を教えているドラミニ
目が見えない人に護身術を教えているドラミニ
ラリー師範はドラミニを次のように評価する。
「私はドラミニを心から愛している。彼に終わりはない。ケージの頂点に立ったあと全盲になってしまったが、ドラミニはタップアウトしなかった。彼こそインスピレーションの源と呼ぶに相応しい人物だ」
ラハマンをはじめとする格闘家たちがウォームアップをしている更衣室で、ドラミニは室内の全員から挨拶される。彼らは尊敬を込めてドラミニを "センセイ" と呼んでおり、戦い方について積極的にアドバイスを求める。ドラミニは静かに集中して耳を傾ける。
ドラミニがこの先リングに立つことはない。しかし、更衣室で格闘家たちを叱咤激励しているのは彼だ。ドラミニに視力が戻ることもない。しかし、更衣室の中で最も明晰な戦いのヴィジョンを持っているのは彼だ。
「試合を見ることはできない」と肩をすくめるドラミニは次のように続ける。
「横で説明をしてくれる人がいるから、イメージはできるけれどね。でも、僕がリングサイドについているだけで、選手は安心する。僕の姿が彼らに力を与えるんだ。僕が "諦めない男" だということを知っているからね」
ドラミニには数多くの未来が待っている。来年は視力を失っている人たちに自分の人生を語るレクチャーを開催する予定で、また、富裕層が住むエリアで視力を失っている人たちを相手に総合格闘技の講習を行う契約も済ませている。
世界中のブラインドファイターを鍛えること − これが彼の目標だ。
「ひとつに繋がった世界を作ろうとしているんだ。誰ひとりとして差別や孤立を感じてもらいたくない。世界を旅して、みんなに光をもたらしたい。ただ座って "人生は終わった" と文句を言い続けるつもりはないよ。チャンスは自分で作るものさ」
立ち上がって、遠くから聞こえる大声援の方へ歩き始めた "ブラックマンバ" は笑顔で言う。
「呼吸ができているならトライしないと」