壮大なチャレンジを終えた喜びが爆発する
© Alex Broadway/Red Bull Content Pool
スイミング

ロス・エドグレイ:英国一周スイムを157日で達成!

ロス・エドグレイが史上初となる英国一周スイムを完了した。157日ぶりに陸に上がった彼の壮大なチャレンジを振り返ろう。
Written by Lucy Grewcock
読み終わるまで:12分Published on
海の上で過ごし続けた157日間を経て、ロス・エドグレイがついにマーゲイトへ帰還した。
2018年11月4日午前8時30分(現地時間)、約5カ月前にこの壮大な旅を開始した場所へ彼は戻ってきた。そして、その過程の中で彼は4つの世界記録を樹立した。
6月1日にマーゲイトを出発したロスは、英国沿岸を時計回りにスイムした。スイム全体の追跡・記録・距離測定を行っていた彼は、1回6時間のスティント以外の時間はサポートボートでの休息に充てていたため、約5カ月間に渡り一度も陸に上がらなかった
晴れて帰還した彼は、この非常に大きな意味を持つ偉業を振り返って次のように語った。
「英国沿岸をスイムで一周するつもりだと打ち明けた時、多くの人が『そんなの無理だ、不可能に決まっている』と言った。僕は『確かにあなたたちの言う通りだ。理論的には不可能に見える。でも、とにかく僕はトライしてみるよ』と返した。この挑戦を完遂した今、世の中の “可能性バロメーター” がどれだけ変化したのかを確認するのが楽しみだよ」
ロスの驚くべき偉業の過程で刻まれた、重要なターニングポイントの数々を振り返っていこう。

6月

マーゲイトを出発
友人たちやファン、マーゲイト市長に見送られ、ロスは2018年6月1日にケント州沿岸から英仏海峡の海へ飛び込んだ。最初の6時間レグは順調にこなせたが、ロスはすでに首回りのひどい擦過傷に苦しんでいた。「スイムはチャレンジの一部にすぎない — プリハブ(予防)がきわめて重要なんだ」とロスは実感した。
壮大な英国一周スイムを前にしたロス・エドグレイ

壮大な英国一周スイムを前にしたロス・エドグレイ

© Harvey Gibson/Red Bull Content Pool

ドーバー海峡を渡る
ロスは第1週にフェリーや貨物船をかわしながらドーバー海峡を渡った。ドーバーは1日に約500〜600隻もの船舶が往来する、世界屈指の “忙しい” 海峡として知られている。この海峡を通過するためにロスへ与えられた時間の猶予はわずかだったが、予定ルートを大型フェリーがかすめる直前に無事通過した。
ロスがドーバー海峡を渡るシーンは下の映像の6分42秒以降をチェック!

10分

Ross Edgley's Great British Swim: Ep2 – "You're not supposed to swim here"

In his first week at sea, Ross dodges ferries and cargo ships as he crosses the Strait of Dover.

ロシア語 +6

ソルトマウスとライノネックの試練
「今朝目を覚ますと、舌からはがれ落ちた粘膜が枕の上に散らばっていた」とロスはカメラに向けて語り、その証拠にはがれた舌粘膜のかけらを見せた。口腔が恒常的に海水に晒されることで起きる “ソルトマウス” と呼ばれる炎症に彼は苦しんでいた。
また、彼は首回りにひどい擦過傷を生じてしまい、それを見たソーシャルメディアのフォロワーたちから “ライノネック”(擦過傷の部分がサイの皮膚のようになってしまうことから)と呼ばれるようになった。
擦過傷の進行を食い止めるため、ロスは首をダクトテープで覆ったり、ウェットスーツが擦れる部分を切り取ったりと複数の方法を試し、さらには上半身裸でのスイムも試みた(低体温症になりかけた)。
冗談抜きにキツい1週間だった」と彼は認めている。
首回りの擦過傷の進行を抑えるため、ロスはダクトテープを巻いた

首回りの擦過傷の進行を抑えるため、ロスはダクトテープを巻いた

© Harvey Gibson/Red Bull Content Pool

英国で二番目に混雑する航路
ドーバー海峡を無事に通過したロスだったが、彼の前には英国で二番目に混雑する海峡ポーツマス航路帯が待ち受けていた。
彼がこの海峡を通過するのに与えられた時間は20分だったが、そのスプリントを開始する数分前に彼のサポートボートが壊れ、ロスは肩を痛めてしまった。それでもスイムを続行する以外に道はなく、彼は痛みに耐えながら3.7マイル(約6km)のスイムをぎりぎりで完遂した。控えめに言っても、涙が出るほど緊迫した瞬間だった。
クラゲたちの攻撃
出発から20日を過ぎると、ロスはソルトマウスやライノネックへの対処法を学び、リズムを掴み始めていた。しかし、海はさらなる試練を彼に突き付けようとしていた。
「目の前にあるのは一体何だろうと思ったら… クラゲだったのさ! 最初に刺された時はそれほどひどくなかったんだけど、10匹目ぐらいになると顔を直接刺してきて…」とロスはその遭遇体験を語る。
カエルの卵のように海を覆い尽くすクラゲの大群の中を、彼は顔面で押し分けながらスイムした。彼の顔をクラゲから守るために、クルーたちは忍者が被るような頭巾を作り、これによって5分間耐えることができた。
ロス vs. クラゲの戦い

ロス vs. クラゲの戦い

© Harvey Gibson/Red Bull Content Pool

英国海軍艇とのレースに挑む
デヴォンを通過しようとしていたロスは、英国海軍護衛空母Biter護衛船Chargerから招待を受けた。
海軍兵から激励されたロスは、あるレースを提案した。人力 vs. 海軍艇を挑んだのだ。結果、ロスは矛を持つイタチザメが刻まれたトロフィーを贈呈された。ここまで超人的な偉業を続けていた彼に相応しい贈り物となった。
英国海軍兵士たちとエールを交わす

英国海軍兵士たちとエールを交わす

© Harvey Gibson / Red Bull Content Pool

7月

1番目の世界記録:世界初英国南岸完泳
ランズ・エンド岬を通過し、世界で初めて英国南岸を完泳した人物となったロスは「おそらくこれは英国一周スイムの最重要ポイントだ」と語った。
また、スイムを開始してからわずか30日目での快挙を祝うべく、カイトサーファーのトム・ブリッジとサーフィン界のレジェンド、アンドリュー・“コッティ”・コットンが合流した。
尚、ロスは同じ週にもうひとつの記録を樹立した。9時間で25.7kmを泳いだ彼は、同時間での英国水泳最長距離記録を更新した。
英国南岸のハイライトシーンは下の映像の5分20秒以降をチェック!

8分

The Battle of Land’s End – Ross Edgley's Great British Swim Ep6

We join Ross Edgley and his team as they approach the biggest and most significant landmark of the journey so far: Land’s End. If Ross can pass it, he'll have completed the whole of the South coast.

日本語 +7

ブリストル海峡でミンククジラと遭遇
ブリストル海峡に挑む直前、ロスは「ライノネックのお通りだ!」と吠えた。これまでも極めてタフな海のコンディションに何度か耐えてきた彼だったが、ブリストル海峡では大潮に巻き込まれ、無慈悲な荒波に襲われた。
「ここまでの挑戦で、ブリストル海峡に痛め続けられた3日間は一番辛かったと思う。とにかく暴力的だった」とロスは振り返っている。
しかし、最高の力を振り絞ろうとするロスの目の前に巨大なミンククジラが姿を現し、彼を励ましてくれた。
ミンククジラとの遭遇シーンは以下の映像の1分9秒以降をチェック!

11分

The Pain Is Real – Ross Edgley's Great British Swim Ep8

After more than 1,000 kilometres of swimming, Ross’ shoulders are starting to make some weird noises. Top sports physio Jeff Ross pays him a visit to get Ross swimming at his best again.

日本語 +9

アイリッシュ海を渡る
アイリッシュ海を60マイル(約96.5km)泳いだロスは、またも英国水泳記録の更新に成功した。彼が保持していたひとつの潮流での最長水泳距離(16.3海里 / 約29.6km)を大幅に上回ったのだ。
しかし、このアイリッシュ海横断は、太陽の下でイルカたちを伴って泳ぐような気楽なものとはかけ離れていた。
夜間スイムは本気で恐ろしかった。大げさに言ってるわけじゃない」と彼はコメントしている。

8月

キンタイア岬で中間地点を通過
イングランド南岸、ウェールズ、アイルランド、スコットランドの沿岸877マイル(約1,411km)をスイムしてきたロスは、英国一周スイムの中間地点に到達した。この大きな節目は、それまでのルートを戻るよりも先へ進んだ方が早いことも意味していた。
キンタイア岬に到達したロスは「ここまでは日数をカウントアップしてきたけれど、ここからはカウントダウンになるね」と語った。
中間地点のジョン・オ・グローツを通過し、いよいよゴールが現実的に

中間地点のジョン・オ・グローツを通過し、いよいよゴールが現実的に

© Harvey Gibson/Red Bull Content Pool

2番目の世界記録:世界最長の海洋ステージスイム
8月14日に公開されたビデオブログの中で、ロスは「今回の英国一周スイムは、世界最長の海洋ステージスイムになった」と伝えた。
それまでの最長記録は1998年にブノワ・ルコントが樹立した73日間のステージスイムだったが、彼はこの記録を塗り替えた(編注:ステージとは、複数日・複数回に分けて行うことを意味する)。
しかし、この時点ではゴールまでさらに約900マイル(約1,448km)をスイムしなければならず、楽観視はできなかった。マーゲイトに戻れなければ、このスイム自体がDNF(Did Not Finish=途中リタイア)の扱いになってしまう。プレッシャーはまだ厳然と彼にのしかかっていた。
サメとスイム
朝のレグでウバザメと共にスイムしたあと、ロスは「今日、スコットランドは僕にちょっとしたサプライズを用意してくれていた。とはいえ、ウバザメと一緒にスイミングプールをシェアする気分についてはまだ上手く説明できないけれどね」と語り、次のレグのために再び海に入っていった。
しかし、最大の懸念はウバザメではなくシャチだった。
「ぞっとしないのは、シャチの存在さ」とロスは語り、「できるだけ『僕なんか食べても美味しくないぞ』ってアピールしていたよ」と続ける。そのために彼は82日間ヒゲを生やし続け、一度も洗わなかった
「僕のような男が泳いでいるのを見て、『ちょっと味見してみようか』なんて考える生き物はいないと思うよ」
サメと共に海を進むロスの姿は以下の映像の6分40秒以降をチェック!

10分

Shock Encounter with a Shark – Ross Edgley's Great British Swim Ep14

The top of Scotland is gnarly. Its harsh waters have not only hampered Ross' output, but delivered him a giant shark. Now he's preying the area's famous Orca isn't waiting for him around the corner.

日本語 +9

3番目の世界記録:ランズ・エンド〜ジョン・オ・グローツ間の最速スイム記録
スコットランド本土最北端にあるジョン・オ・グローツ村に到達したロスは、もうひとつの世界新記録を更新したことに気づいた。
62日間で900マイル(約1,448km)を完泳した彼は、ランズ・エンド〜ジョン・オ・グローツ間を史上最速でスイムした人物となったのだ。
しかし、ロスはこの新記録更新にも謙虚な姿勢を崩さなかった。
「本当に素晴らしいことだと感じているけれど、記録更新を狙っていたわけではなかった。寒くなる前に英国一周スイム達成には、このペースとスピードが必要だっただけさ」
ロスはランズ・エンド〜ジョン・オ・グローツ間を史上最速で泳ぎ切った

ロスはランズ・エンド〜ジョン・オ・グローツ間を史上最速で泳ぎ切った

© Harvey Gibson/Red Bull Content Pool

9月

Red Bull Matadorsに見守られながらマレー湾を渡る
東からの危険な強風がやってくる前に、ロスはスコットランドの厄介なマレー湾60マイル(約96.5km)を泳ぎ切らなければならなかった。
この頃には「食事 / スイム / 睡眠」のサイクルがすっかり定着し、睡眠時間よりもスイムしている時間の方が長くなっていた。横断は容赦なかった。「なんの前置きもなく、いきなり波の中に放り込まれる感じだった」とロスは語る。
小休止になると、チャレンジ開始100日目を迎えた彼のためにRed Bull Matadorsがプライベートエアショーをプレゼントしてくれた。「スイム100日目に相応しい最高のお祝いだったよ。しばらく忘れられないだろうね」とロスは語った。
スイム開始100日目をRed Bull Matadorsが祝福

スイム開始100日目をRed Bull Matadorsが祝福

© Jeff Holmes/Red Bull Content Pool

嵐による中断
アリAli)” という名の嵐がスコットランド東海岸を襲った際、ロスと彼のチームはダンバーへの緊急寄港を強いられた。「あれは最悪のタイミングだった」とロスは振り返り、次のように続ける。「港でじっとしているくらいなら、嵐の真っただ中でスイムする方がましだったよ
実際、彼らはスイムを強行しようとした。
しかし、ビューフォート風力階級で11(編注:風速28.5〜32.6m/sの暴風レベル)にも達することが予想され、さすがのロスも母なる大自然に歯向かうことはできないと観念することになった。この時、ロスは今回の挑戦で自分が人間的に成長していることに気が付いた。
目指すはイングランド
スコットランドとイングランドの境で “国境警備隊” を気取るクラゲの大群をやり過ごしたロスは「イングランド近海へ戻ってきた時の気分は最高だったよ」と語った。いよいよゴールへ近づいてきていることを実感したロスは、ジョン・オ・グローツ到達時よりも大きな達成感を得ていた。
イングランドの海へ戻ってきたこの日は、チーム全体にとっても祝うべき1日だった。ロスは「今夜はプリンを2個食べるぞ」と宣言した。
トラブルを乗り越えながらゴールを目指す

トラブルを乗り越えながらゴールを目指す

© Craig Maddison/Red Bull Content Pool

10月

地元リンカンシャーの海を通過
ロスにとって、地元リンカンシャーの通過はプライベートなお祝いだ。しかし、英国一周スイムでは甘美な気分に浸る暇はない。
リンカンシャーの直前のロスは、混雑する航路として知られるハンバー川で、行き来する船舶と汚れた海水を相手にしなければならなかった。
この海域の横断には最大1時間の猶予が与えられていたが、時間内に完了できなければ「巨大船舶と度胸試しをすることになった」(ロス談)。また、その水質は彼がそれまで体験したどんなものとも違っていた。ロスは「水じゃなかった。排泄物の中を泳いでいる感じだった」と振り返っている。

12分

That Wasn't Just Water – Ross Edgley's Great British Swim Ep21

This week, the Strongman Swimmer crosses into his home county of Lincolnshire – but not before navigating the murky waters of another busy shipping lane, with some unexpected surprises lying in wait.

日本語 +7

ロスの誕生日に “カラム” という名の嵐が襲来
カラムCallum)” という名の嵐が英国東海岸を直撃し、ロスと彼のチームはまたしても緊急避難を強いられた。「例えるなら、カラムはアリよりも大きくてキレやすい兄弟って感じさ」と語るロスだが、カラム襲来当日は、彼の33歳の誕生日だった。
「英国一周スイムを中断するには最適な1日だ」と語ったロスは、ヴァイキング風ヘルメットを被って1日を過ごした。彼は物思いにふけながら「今日で1歳分賢くなった。小太りの海の仏陀に一歩近づけたかな」と語った。
テムズ川河口に挑む
ノーフォークとサフォークを通過して再びエセックスに戻ってきたロスは、マーゲイトを目指してラストプッシュをスタートさせた。天候が悪化しており、さらにはテムズ川河口が待ち受けていたことから、彼はフィニッシュまで戦い抜かなければならないことを自覚していた。
北極から吹き付けるスコットランドの嵐、最悪の水質、ひっきりなしに往来する大型船舶を組み合わせた状況を想像してごらんよ。それがテムズ川河口だった」とロスは語った。
テムズ川は最後の難関となって立ちはだかった

テムズ川は最後の難関となって立ちはだかった

© Olaf Pignataro/Red Bull Content Pool

11月

4番目の世界記録:世界初英国一周スイム達成
2018年11月4日、ロスはついに全行程を泳ぎきり、一度も上陸することなく英国の沿岸を一周した世界初の人物となった。
冷たいケント州の海の中、世界記録樹立を目指して最後の力を振り絞るロスを400人近い観衆が見守り、声援を送った。観衆が待つマーゲイトのビーチに上陸したロスは、遂に157日前にスタートした場所へ戻ってきたのだった。