スキージャンプ

【高梨沙羅】目の前の苦難を“飛び越えたい”アナタに贈る、今から実践すべき必勝法

© Teruhisa Inoue
世界のスキージャンプ界を牽引する絶対女王・高梨沙羅が、24歳の誕生日を機に若者たちへエールを送る!
Written by 山本雄太郎公開日:
自分の"好き"を殺さないこと。"好き"を表現していくことが結果につながれば、"好き"は自分の"スタイル"になる。
高梨沙羅

.

スキージャンパー、高梨沙羅。
スキージャンパー、高梨沙羅。
スキージャンプW杯で男女合わせて歴代最多の57勝。通算100回もの表彰台を経験するなど、前人未到の記録を数々打ち立ててきた高梨沙羅
2020年10月に24歳の誕生日を迎えた麗しきビッグジャンパーは、これまで幾多のトライアンドエラーを繰り返す中で、どのように自分と向き合い続けてきたのだろうか。
高梨沙羅。1996年10月8日生まれ、北海道出身。
高梨沙羅。1996年10月8日生まれ、北海道出身。
本人へのインタビューから"彼女を一流たらしめるメンタリティ"に迫っていくと、そこには現代を生きる悩み多き若者たちにブレイクスルーをもたらすようなヒントが満ち溢れていた。

◆いまなお道半ばの女王、幼き日の憧れを胸に

8歳でスキージャンプを始め、2010-11シーズンにコンチネンタル杯にてFIS公式戦史上最年少での優勝を達成。
すでに競技者となってから16年、世界の舞台で戦うようになってからは10年目を迎えた高梨沙羅は、これまでの競技人生をこう振り返る。
「長いですね(笑)。……けれど、この16年で褒めてあげたいと思うようなところは、とくにないかもしれないです。周りの人たちに支えられて、恵まれて、ここまで来られたのだと思っています。
上を見たらまだまだ進んで行かなければならないし、たくさんの方々に支えてきてもらえたからこそ、自分は結果で恩返ししなければならない。自分のジャンプを見てくださる方に、何かを与えられる存在になりたいです」
真っ直ぐな瞳で、"その先"を見据える高梨。
真っ直ぐな瞳で、"その先"を見据える高梨。
奇しくも本インタビューの翌日である10月8日に、24歳の誕生日を迎えた高梨。
競技者としての現状と今後を語る口調は、ごく自然体ながらも、前人未到の"その先"を目指す確固たる決意が滲む。
「やはり24歳になり、自分もベテランの域に差し掛かっているのかなとは思っています。若手として勢いがあったころは何も考えなくても飛べていたんですが、いまはフィジカル面も変わっていく中で、どうやったら自分により合ったジャンプができるのかという部分を考えながらやっています。
スキージャンプという競技は、時速90キロで滑っていく中で、ミリ単位の調整を要するスポーツでもあります。自分の感覚ひとつで、その先のすべてが大きく変わっていってしまう。
細かいところの誤差を調整していく、その鋭さがなくなってしまったらおしまいなので、いかにそういった感覚を研ぎ澄ますかという部分はつねにテーマに置いていますね」
ダイナミックな競技風景とは裏腹に、非常に繊細でシビアな自己との戦いが求められるスキージャンプ。
長年この世界に身を置き、ストイックに自分を高め続けてきた高梨を支えているものは、いまも胸に残る幼き日の憧れだという。
「モチベーションの浮き沈みというのはあまりないですね。スキージャンプはずっと自分が憧れていたものなので。
小さいころに憧れていた選手がかぶっていたヘルメットを、自分もいまかぶって飛んでいる。それが何よりの原動力なんです(笑)。
だから私も、このヘルメットをかぶって飛んでいる以上、あのころの自分と同じような歳の子をそういう気持ちにさせてあげられる選手になりたいと思います」
愛用するヘルメット&スキー板。彼女の憧れの象徴だ。
愛用するヘルメット&スキー板。彼女の憧れの象徴だ。
初心を見失わず、16年間飛び続けてきたがゆえに高梨は"強い"。だが一方で、積み重ねに固執しないことも彼女が強さを発揮できる理由のひとつだ。
高梨は2017-18シーズン直後に打ち立てた"ある決断"を引き合いに、ときには積み上げたものを勇気を持って崩す瞬間も大切であると解く。
「私の中で、2018年の平昌は大きなターニングポイントになりました。全力を尽くしてあの結果だったので、達成感はありつつも、『いまの自分のジャンプだと、ここまでしかいけないんだな』という感覚もあって。
そこで、今後はまたゼロから組み立て直さないといけないと思い、2019年はスタートに出るところから、本当に初歩の初歩から考え直したんです。いま思うと、あれは大きな決断でしたね。
……怖かったです。16年間積み重ねてきたことを崩すということで、相当な覚悟が要りました。でも、いまとなってはやってよかったなと」

◆練習ではアイデアを絶やさず、本番ではポイントを絞る

1本1本のジャンプに心血を注ぎ、より遠く、より美しく飛ぶことを目指してきた高梨沙羅。
その試行錯誤の中で彼女が培ってきたメンタリティには、いかに日々の練習を有意義なものにし、いかに本番で実力を発揮するかの術(すべ)が凝縮されていた。
そしてそれはアスリートのみならず、我々が各々にとっての"ジャンプ台"にアプローチするうえでのメソッドにもなり得るのかもしれない。
「練習を重ねるうえで大切なのは、つねにアイデアを溜めておくことですね。アイデアを溜め込み、それをどんどん試していくこと。
たとえば新しいアイデアを10回試してみて、10回とも当たらないこともありますが……その内の1個でも、自分の中でいい感覚につながった時。その瞬間こそが、練習の中でもっとも向上していける瞬間なんだと思っています。
そうやっていい感覚がつかめれば、つぎのジャンプもどんどんよくなっていく。そのきっかけ作りのためにも、アイデアを途切れさせないことは大事ですね」
ちなみに、高梨自身がもっともアイデアが浮かびやすいシーンは「寝る前」とのこと。ベッドで一日を振り返る瞬間に、新たな発想が生まれることが多いという。
また、そうしたアイデアを生みやすくするためにも、好きなキャンドルを焚いたり、間接照明を使ったりしてリラックスできる環境を作ることを大切にしているそうだ。
「アイデアって、本当にふとした瞬間に下りてくるんですよ(笑)」と高梨。
「アイデアって、本当にふとした瞬間に下りてくるんですよ(笑)」と高梨。
このように、練習でつねにチャレンジする姿勢を絶やさない高梨。だからこそ、本番でも自然体に近い感覚で臨めているのだと彼女は語る。
「練習では、いままでに試していない部分に手を付けることが多いです。試合では、練習過程で見出したジャンプの理想形を、完璧にこなしてやろうという感覚。
やはり練習と本番はセットで考えなければならないもので、いままでやってきたこの期間の練習はどうだったかという総括が"結果"なのだと捉えています。
練習をガッチリ組み立てて、詰め込んでやっているからこそ、試合では自然体で飛んでみてどうかという部分に集中できますよね」
ふだんから考え込んで練習しているぶん、本番ではキーポイントを3つ程度に絞り「そこさえ守れていれば大丈夫」という気持ちで臨むこと。
これこそが、大一番でベストな実力を発揮するための秘訣だとも話してくれた高梨。
大会ならではのプレッシャーをどう跳ね除けているか? という質問には、なんとも彼女らしい優美な答えが返ってきた。
「プレッシャーは、無理に跳ね除けないことですかね(笑)。無理に跳ね除けようとすると、そこに意識が向きすぎてしまいます。
自分の考えなければいけないところに目が向かなくなっては本末転倒ですし、緊張もあっていいと思います。大切なのは、やはり押さえるべきポイント3つをしっかりこなすことなので」
意識の切り換えに長ける高梨は、大勝負の中でも指針を見失わない。
意識の切り換えに長ける高梨は、大勝負の中でも指針を見失わない。
ときには練習疲れのあまり、レールを見るのも嫌、踏み切り地点の先を見れば気持ちが悪くなる……という状態まで追い込まれることもあるという高梨。
そんな状態を引きずらず、本番をベストコンディションで迎えるためにも、オンとオフをうまく切り換えることは彼女が重要視していることのひとつだ。
「オフのときに、いかに自分を"オフれる"か。オフを使って体を休めつつ、頭もスッキリさせてあげることは日々の中で重要だと思います。
私の場合は、写真を撮ったり、スニーカー集めだったりが好きなことなので、お気に入りのスニーカーを履いていい写真が撮れたりしたら最高のオフになります。
主に人物写真、同じスキージャンプの選手などを撮ることが多いんですけど、いい写真が撮れてそれが本人にも使ってもらえたりすると、すごく嬉しいですね(笑)」
「言葉ひとつ、ドリンクひとつでテンションは上げられて、また前向きな気持ちになれます」とも話す。
「言葉ひとつ、ドリンクひとつでテンションは上げられて、また前向きな気持ちになれます」とも話す。

◆"好き"を殺さないことが、自分の"スタイル"に

高梨沙羅の強さの在り処をひも解いて行くうちに、彼女の等身大の素顔も少しずつ垣間見えてきた今回のインタビュー。
スキージャンパーとしての実力はもちろん、ファッションや美容方面でも注目を集める彼女は、"自分らしさ"というワードをどう捉えているのだろうか。
「自分らしさは大事にすべきものだと思います。自分のジャンプを、スキージャンプという競技をもっとたくさんの人に見てもらうためには、個性を出すことも重要だと思うので。
私自身もテレビなどで個性的な選手を見かけると惹かれますし、そういうオリジナリティを持っている人には憧れますね」
続けて自身が経験したエピソードも交えながら、個性を出すことについての自分なりの考えかたを明かしてくれた高梨。
彼女は、インタビュー当日に着用していたお気に入りのパーカーの裾をつまんでからこう語った。
「私はこのパーカーのままふつうにウォームアップとかしちゃいますし、これで自分の体が温まってベストな状態でジャンプ台に臨めていれば、それでいいんじゃないかなと考えているんです。
選手である以上は一定の規範がありますし、『選手だから服装はきっちりしたほうが』とか『髪の色には気を遣わなければいけないのでは』と言われることもありますが……。
決められた部分さえ従っていれば、あとの部分は自分の個性を出せていたほうがいい状態でいられると思います」
これが自分の"好き"でベストだというように、はにかんでみせた高梨。
これが自分の"好き"でベストだというように、はにかんでみせた高梨。
競技者はかくあるべき、という既成概念に囚われすぎないしなやかさも、彼女が多くの人を惹き付ける一因か。
"自分らしさ"を、"好き"の延長線上にあるものだと捉える高梨。そんな彼女なりの解釈も、じつに明快でスッと胸に落ちる思いがした。
「私が『好きな格好をしておきたい』と思う気持ちもそうですし、自分の“好き”が、その人の個性が一番出ている部分なんだと思います。
自分の"好き"を殺さないこと。自分の好きが詰まった格好、状態でベストなジャンプができたら、それがその人にとって何よりのことですよね。
それが結果につながれば、"好き"がそのまま自分の"スタイル"にもなっていくはずなので」
"自分らしさ"を尊重し、何よりスキージャンプをこよなく愛し、自己流のスタイルを前人未到の領域まで昇華させてきた彼女がそう言うのだから間違いないだろう。
この日を機にまた一段と成長を遂げた高梨沙羅は、今後もまだ見ぬ景色を追い求めて飛び続ける。
次なるステップへ、笑顔で。
次なるステップへ、笑顔で。
(了)