2019シーズンのスカイランニングワールドチャンピオンに輝いた上田瑠偉とシェイラ・アビレス
© Sho Fujimaki
ウルトラ ランニング

2019ワールドシリーズ制覇! 上田瑠偉が明かすスカイランニング世界王者の条件

上田瑠偉(日本)とシェイラ・アビレス(スペイン)がスカイランニングシーズン最終戦で男女ワールドチャンピオンに輝いた。若きキング&クイーンがレースやトレーニングへのアプローチを語ってくれた。
Written by Katie Campbell Spyrka
読み終わるまで:9分Published on
2019年10月18日、イタリアの美しい村リモーネに集まったエリートスカイランナー60人の目標はたったひとつ、スカイランニングレースSkyMasters(スカイマスターズ)優勝だった。
Migu Run Skyrunner World Series(Migu Runスカイランナーワールドシリーズ)最終戦に位置づけられていたこのレースは、ワールドチャンピオンが決まるレースでもあった。
マウンテンランニングと登山を掛け合わせたスポーツと表現されることもあるスカイランニングは、海抜ゼロメートルから高山の頂上までカバーするエクストリームな標高差が特徴で、非常に急峻でテクニカルなコースには中級登山やチェーンクライムのセクションが含まれる時もある。
このようなスカイランニングはほんの少しのスリップが命を奪う可能性を含んでおり、トップレベルのフィットネスを誇るアスリートしか参加が許されない危険で過酷なスポーツなのだ。
SkyMastersのコースも例外ではなく、リモーネの細い一般道を高速で駆け抜けるスタートのあとは、2つのビッグクライムのひとつ目 ― 約4マイル(約6.5km)で標高差3,900フィート(1,189m)を登る滑りやすくて岩の多い石灰岩のパス ― をひたすら登り続けなければならなかった。
尚、レースディスタンスは約17マイル(約27.5km)標高差8,700フィート(2,652m)だった。
当日は非常に激しいレース展開になった。アスリートたちにはSkyMastersの順位だけではなく、ワールドシリーズ総合順位も懸かっていたからだ。
2019シーズンのワールドシリーズは全16レースが開催され、各レースの順位によってポイントが与えられるシステムが採用されていたが、レース前の男子トップ5のポイント差はほぼなく、分かっていたのはSkyMastersで優勝すれば総合優勝が決まるということだけだった。
一方、女子は、シリーズ優勝経験を持つ総合首位のシェイラ・アビレス(Sheila Avilés)が総合2位にかなりのポイント差をつけて現地入りをしていたが、それでもまだ何も決まっていなかった。
最終的に、女子はワールドチャンピオン争いからは脱落していたデニサ・ドラゴミルが優勝し、アビレスが2位でフィニッシュしたため、アビレスが女子ワールドチャンピオンになった。
一方、男子はレッドブル・アスリートの上田瑠偉(日本)とオリオル・カルドナ=コル(スペイン)がラスト4kmでデッドヒートを演じる展開となったが、最後は上田が12秒差でカルドナ=コルを振り切って優勝した。
レースとシーズンを終えた上田とアビエスが世界王者になるために必要な条件について語ってくれた。

1:レースに合わせた厳しいトレーニングを積む

毎週100~120kmを走り込んでいる上田瑠偉

毎週100~120kmを走り込んでいる上田瑠偉

© Alexis Berg

スカイランナーはアップヒルを得意とするアスリートだが、上田とアビレスを合わせた過去10ヶ月のトレーニングとレースの累積標高差は約70万フィート(約215km)に及ぶ。
上田は「通常は山か低酸素室でのトレッドミルでトレーニングしています。ほぼ毎日走っています。週では100~120kmですね」と説明している。尚、上田はマウンテンレースもトレーニングに活用しながら、トレッドミルや山での2時間トレーニングで平均標高差1,135mをカバーしている。
SkyMastersに向けて、アビレスとコーチはレースコンディションにできる限り近い非常に具体的なトレーニングを用意した。
アビレスは「SkyMastersは標高差が大きいので、トレーニングでもこの特徴を再現しようとしました。同じような地形のレースに出場して準備を重ねてきました」と説明している。

2:スピードトレーニングに取り組む

非常に急峻なマウンテンレースでもスピードトレーニングが勝負を分けるポイントのひとつになる。
「スピードトレーニングは非常に重要です。スカイランニングで勝利を手にするためはかなりのスピードが必要になるからです」と回答するアビレスは、インターバルトレーニングスピードトレーニング週1~2セッション取り入れている。
一方、上田はSkyMastersのためにワンステップ踏み込んだトレーニングに取り組んだ。丸1ヶ月をスピードトレーニングにつぎ込んだのだ。
「9月はSkyMastersに向けたスピードトレーニングにフォーカスしました。トラックを走り、インターバルも取り入れました」と説明する上田の通常セッションには「400m x 7本(リカバリー200m)」と「1,000m x 8本(リカバリー400m)」が組み込まれていたが、この努力が実を結んだ。
上田はSkyMastersのラスト1マイル(約1.6km)を5分33秒という素晴らしいタイムで走り抜け、12秒差でレース優勝とワールドチャンピオンを獲得した。

3:休息とリカバリーを軽視しない

アビレスはリカバリーを重視しており、週1~2日は休息に充てている

アビレスはリカバリーを重視しており、週1~2日は休息に充てている

© Alexis Berg

休息はわたしのトレーニングで最も重要なパートです」とアビレスは説明している。アビレスは毎週1~2日を休息に充てており、3日以上連続でトレーニングすることはほとんどない。
「トレーニングは好きですし、1日2セッションこなしていますが、エナジーを保ち、トレーニングで入れた刺激を吸収するためには休息が必要です」
また、走る距離を延ばしすぎずにトレーニング量を増やすための工夫として、アビレスは週2~3回バイクライドを取り入れている。
「毎回走っていると怪我をしてしまうので、バイクライドを取り入れています。アクティブリカバリーとしてはベストだと思っていますが、同時にトレーニングにもなります」
「わたしのバイクライドは2~3時間ですが、これは心肺機能のトレーニングになります」

4:レース当日の朝食を決める

アビレスは「ビッグレースの前は何も変えたくありません。ですので、レース当日は必ず同じ朝食を摂っています。具体的な食べ物としては普段からジャムやツナ、デーツを載せたトーストを食べています」と回答している。
一方、上田は日本食を携行しており、「必ず日本米を持っていって、朝自分で炊いています。あとは味噌汁とバナナ、ヨーグルトですね」と説明している。尚、SkyMasters当日の上田は午前8時のレーススタートに合わせて、午前4時に起床して朝食を調理した。

5:長所を伸ばす

2つ目のビッグクライムでプッシュしたシェイラ・アビレス

2つ目のビッグクライムでプッシュしたシェイラ・アビレス

© MRSWS/Alexis Berg

攻めのレースで知られる上田は前述した2つのビッグクライムを含むSkyMastersの非常な登りセクションを最大限活用することを意識していた。上田は「僕は登りに強いので、登りでプッシュすることを常に意識しています」と説明している。
一方、アビレスは下りのスペシャリストだ。本人はレースについて次のように振り返っている。
「SkyMastersのコースは非常に急峻で、下りのセクションは非常にテクニカルでしたが難し過ぎることはなかったので楽しめましたね。ですが、今日は強力なライバルが揃っていたので、総合順位を考えて、2つ目のビッグクライムでハードプッシュする必要がありました」

6:ルーティンを用意する

「朝食後にシャワーを浴びて筋肉を温めたあと、レースに向けて10~20分のスロージョグをします」
ルーティンについてこう説明する上田は、19歳で出場した柴又100Kで5位に入り、現在所属するコロンビア・モントレイルのスタッフに注目されたことでトレイルランニングと出会った。
「レース当日の朝はいつもワクワクしますね。緊張することはないです」

7:正しいシューズを選択する

上田はグリップに優れた超軽量シューズを好んでいる

上田はグリップに優れた超軽量シューズを好んでいる

© Alexis Berg

SkyMastersのコースは泥、滑りやすい石灰岩、不安定な岩、森の中を抜けるパスなど複数の地形が組み合わさっており、1マイル(約1.6km)で標高差1,442フィート(約439m)を一気に下るセクションもあった。
そのため、アスリートたちは各自のスキルを限界までプッシュしながら、急峻で岩の多い下りを駆け下りていった。
このようなレースで上田が選択したシューズは、コロンビア・モントレイル・ログF.K.T. IIだった。上田はこのシューズが大きな助けになったと振り返っている。
「今日のような短距離のスカイランニングレースで好パフォーマンスを狙うためにはシューズの重量が重要になりますが、ログF.K.T. IIは超軽量なんです」
「僕はラグ(溝)のデザインも気に入っています。他のシューズよりも深くて幅があるので、強力なグリップが得られます」
アビレスは通常のシューズから急峻で岩の多い地形のためにデザインされたトレイルシューズ、アディダス Terrex Speed LDを選択した。
「このシューズの方がサポートグリップに優れているので良い選択だったと思います。スピードが出せました。泥や登りのロープセクションでも優れた効果を発揮していました」

8:痛みを知っている

アビレスのコーチを務めるアンデレス・アロヨ・マゾラはスペイン出身のランナーには「長時間に渡り大きな苦痛に耐えられる能力が備わっている」とし、この能力がアビレスと他のランナーの差になっているとしている。
アビレスはこれを受けて、次のように語っている。
「レース中にメンタルが乱れることはないですね。テクニックや自分の走りにフォーカスするか、 “地球” と “長所” という2つの言葉をマントラとして唱えます。これらがネガティブにならない助けになっています」
◆Information
・上田瑠偉のルーツに迫るインタビュー記事はこちら >> レースを支配して勝つ! 信州が育んだトレイルランニングの申し子・上田瑠偉
・レッドブルのランニング系イベントの魅力を経験者目線で語る記事も公開中 >> トレイルランナー上田瑠偉が語る"ユニークすぎるランニング系イベント"の魅力&攻略法