ウイングスーツ
【速度・距離・時間】ウイングスーツフライトで3つの世界記録を同時更新!
人体に飛行能力は備わっていないが、セバスティアン・アルバレスにこの常識は当てはまらない。ジェット気流に乗って3つのウイングスーツ世界記録の同時更新に成功したアルバレスの壮大なプロジェクトをチェック!
大半の人間は両足を地に着けるために生まれてくるが、セバスティアン・アルバレスは飛ぶために生まれてきた。元空軍パイロットで熱心なサーファーでもあるアルバレスは、海の波を空の気流に置き換えて、現在はチリ最高のウイングスーツパイロットとして人間の飛行能力の限界を更新し続けている。
そして先日、スペイン語でリス*を意味する “エル・アルディージャ” の愛称で知られるアルバレスは、フライト1回で3つの世界記録を大幅に更新するという、世間の多くが不可能と思う(そして思いも寄らない)ことを成し遂げた。
*直訳はリスだが厳密には “空を飛ぶリス = モモンガ” を意味する
前代未聞のウイングスーツプロジェクトをInstagramでチェック!
【Red Bull Starman Mission】と名付けられたビッグプロジェクトで、アルバレスは誰よりも「速く」「遠く」「長く」飛び、人間の飛行能力の限界をさらに押し広げた。
「私はF1マシンよりも高速で飛びました」とアルバレスは振り返る。「F1マシンより速く飛ぶことが目的ではなかったのですが、あのスピードでフライトできたのは嬉しかったですね。人類最速になれたので、喜びもひとしおです」
アルバレスはジェット気流を活用して世界記録更新に必要なスピードを得て、超高速で数分間飛行したのだ。
ウイングスーツフライトはただのエクストリームスポーツではない。物理と重力の間で踊るダンスだ。アルバレスのようなスペシャリストたちは、両腕と両脚の間の表面積を増加させて水平飛行する専用ウイングスーツを着用している。
ウイングスーツは人間を「呼吸する飛行機」に変換し、揚力を発生させて、驚くような距離を飛行できるようにする。そして、ウイングスーツを使用するフライトがスポーツとして発展していく中で競争が激化していき、近年は、アルバレスをはじめとするトップパイロットたちが定期的に限界を引き上げている。
人類最速になれたことはかなり嬉しいですね
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アルバレスのプロフィール
チリの海辺の街、レニャカで育ったセバスティアン・アルバレスは、若くして世界的に有名なサーフシーンと出会った。そのため、当時から空を飛ぶ夢を持っていたものの、青春時代の大半はチリサーフィンジュニア代表メンバーとしてワールドカップを転戦して過ごした。
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【Red Bull Starman Mission】とは?
3つの世界記録同時更新を成し遂げたアルバレスのフライトは【Red Bull Starman Mission】という名付けられたプロジェクトで、実現までに5年の歳月を要した。
レッドブル・アスリートとしての初プロジェクトとなった【Red Bull Starman Mission】で、アルバレスは軍属時代に培った経験と揺るぎない自信を活かし、これまで誰もトライしていなかった方法で人類の飛行の限界をプッシュしようとした。
「1回のウイングスーツフライトで3つの世界記録更新を目指すプロジェクトでした。その3つの記録とは最長距離・最高速度・最長時間で、それぞれこれまで何回も更新されてきましたが、どれも単独更新で、“同時更新” はまだありませんでした。ですので、私が挑戦して成し遂げたいと思ったのです」
アルバレスの今回の功績をさらに輝かせるのが、速度・距離・時間の相容れない関係だ。それぞれの記録更新には異なるテクニックと姿勢が求められる。そのため、アルバレスはフライト中に非常に細かい微調整を繰り返す必要があった。
3つの世界記録
- 速度:アルバレスはジェット気流を活用してF1マシンを上回る時速550kmで飛行した。アルバレスが更新する前のギネス世界記録は時速397kmだった。
- 距離:アルバレスは53.45kmを飛行した。これは直前のFAI認定世界記録29.06kmのほぼ2倍となる。またこの記録は、アルバレスが10分強でマラソン距離以上を飛行したことも意味している。
- 時間:飛行時間11分1秒は、直前のFAI認定世界記録9分31秒をきっかり1分30秒上回った。アルバレスはプランクを2時間続けているように思えるほど負荷が大きな姿勢を維持することで、記録更新に成功した。
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不可能を可能にしたギア
前代未聞のプロジェクトのために、アルバレスは今回のプロジェクト専用のギアと、成功に必要なメンタルに関する専門知識を用意した。
テイクオフ直前に今回のプロジェクトについて尋ねられたアルバレスは、次のように語っていた。
「フライトでは低温と酸素という2つの条件が私の身体的な限界を決めることになります。ですが、私はパーフェクトなコンディションになることだけを考えることができていました。なぜなら、十分なスピードと必要な距離を飛べる気流が得られるまで待ち続けることができる忍耐力を手に入れる努力を重ねたからです」
アルバレスの専用ウイングスーツには、ウイングのアスペクト比を変更できるエアロダイナミック・ウイングチップ・エクステンションが装着されており、飛行機と同じように滑空性能を向上させることができる。しかし、増加した表面積を扱うためには、優れた筋力とテクニックが求められる。
また、両足周辺には抵抗を減らして速度と滑空の効率を高めるフェアリングが装着され、ウイングスーツの内側には極寒から身を守るために、電熱システムが用意されている。
ヘルメットも今回のプロジェクト専用にデザインされており、ジェット戦闘機パイロットのヘルメットに似た酸素供給システムが導入されている。カスタムメイドのマスクが低温と風から顔面を守りつつ、酸素を凍結させずに排出する。凍結は故障の原因になるのだ。
そして何よりも重要なのが、3秒ごとにGPSデータを更新するコミュニケーションシステムで、これによってアルバレスは自分の速度とグライドレシオ(揚抗比)の情報を随時得ることができる。
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世界記録同時更新までの道のり
アルバレスの世界記録同時更新フライトまでの準備はシンプルなフィジカルトレーニングだけではなく、洗練されたメンタルトレーニングと細部までのリスクマネージメントも含まれていた。
フィジカルトレーニングでは、アルバレスはウイングスーツフライトに不可欠な複数の筋肉群にフォーカスした。
「体幹上半部、背中、肩甲骨、肩、腰、首を鍛えました」と振り返るアルバレスのトレーニングは、様々なマシンを試したり、調整したりしながら進められた。「プロトタイプのトレーニングマシンを試しました。そして自分に適していなければ、別のマシンに替えて調整するという感じでしたね」
アルバレスの準備の中で最もユニークだったのが、非常にハイレベルな酸素トレーニングだった。「酸素不足に陥ると、いくつかの症状を自覚します。ですが、トレーニングを積んでいないと、そのような症状を自覚できないのです」
アルバレスのメンタルトレーニングへのアプローチは、軍属時代からアイディアを得た非常にシステマティックなものだった。「パイロット時代に、“プランA、プランB、プランCまで用意できていなければテイクオフはできない” と教わりました」と説明する彼は、この教えを今回の準備にも持ち込んだ。
厳しいフィジカルトレーニングにハイレベルな適応トレーニングとメンタルトレーニングを組み合わせることで、アルバレスは不可能に思えるプロジェクトを計算済みのプロジェクトへと変えることができたのだ。
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記録を超える功績
アルバレスの功績はウイングスーツコミュニティに留まらない。強い意志・入念な準備・高い技術が揃ったときの人類の可能性も示している。
世の中のすべてのアスリートや起業家にとって、アルバレスのプロジェクトは、功績における真理を突いている。革新的な成功とは「突発的・奇跡的な瞬間ではなく、一貫した献身と着実な進歩によって得られるもの」なのだ。
3つの世界記録を同時に更新するためのアルバレスの5年間の道のりは、忍耐強く進めてきた戦略的な準備であり、だからこそ成功が得られた。アルバレスは次のように語っている。
「子どもの頃から空を飛ぶことを夢見ていました。言い換えれば、今回のプロジェクトは私のこれまでの人生すべてが反映されたものなのです」
子どもの頃から空を飛ぶことを夢見ていました
自分の愛称の由来となったモモンガと同じように、想像力と献身次第で人間も進化できることをアルバレスは体現している。
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