45年に渡り、ロッキングはダンスシーンのひとつの大きな柱であり続けてきた。
James Brownのパフォーマンス、Michael Jacksonのミュージックビデオ、Just DeboutやKODのようなワールドレベルのビッグバトルなどにフィーチャーされてきたロッキングは、最も影響力の大きなストリートダンスのひとつであり、カルチャー同士を結びつけながら、数多のムーブにインスピレーションを与えてきた。
今回は、ロッキングを生み出し、広めてきたパイオニアたちをピックアップして紹介する。
Charles “Robot” Washington
1960年代後半のロサンゼルス・サウスセントラル(現サウス・ロサンゼルス)、Charles “Robot” Washingtonが兄弟と一緒に考案したダンスムーブ - ソウルやファンクに合わせて踊るユニークなロボットムーブ - をクラブでテストすると、大きな話題となった。
すぐにWashingtonは『ソウル・トレイン』に出演するようになり、「パーティダンスのゴッドファーザー」と呼ばれるようになったが、同時にもうひとつの新しいダンススタイルを生み出すきっかけにもなった。
彼に刺激を受けた若手ダンサー、Don Campbellがロボットシャッフルを開発し、その直後に生まれるダンススタイル、ロッキングのベーシックムーブへと昇華させたのだ。
Don “Cambellock” Campbell
Don “Cambellock” Campbellは、学校のカフェテリアで同級生がファンキーチキン、スリング、スライドを踊っているのを見たあと、偶然ロッキングを生み出した。
Campbellは、上記の人気ムーブに独自の鋭さを加えることで、カフェテリアにいた友人たちを驚かせ、彼らに「今の “ロック” をもう一度見せてくれよ!」とせがまれるようになった。
こうして、彼のダンススタイルはCampbellocking(キャンベロッキング)と呼ばれるようになり、のちにロッキングに統一された。
Damita Jo Freeman
ロッキングのファーストレディで、『ソウル・トレイン』の初代ダンサーでもあるDamita Jo Freemanは、同番組でDon Campbellの初パートナーを務めたことで一躍有名になった。
Damitaは、1970年代の『ソウル・トレイン』に出演していたロッカーたちは、バスケットボールシーンにおけるHarlem Globe Trottersのような位置づけだと説明していた。また、Damitaは、男性ダンサーたちがロッキングを行うと女性ダンサーたちが後ろに下がるという流れが常識だった時代に、あえて前に出ることでも有名だった。
DamitaのそのユニークなスタイルはJames Brownにも注目され、映像で確認できるように、Damitaは「Super Bad」の演奏中にステージで彼と共演した。
Toota Woota Sisters
Damita Jo Freemanはロッキングのファーストレディだったが、強い影響力を持っていた女性ダンサーは彼女だけではなかった。
Arnetta “Netta Bug” Johnsonは、Don “Campbellock” Campbellをリーダーに据えた世界初のユニセックスダンスグループ、Creative Generationの結成に力を貸したあと独立し、女性限定のロッキンググループ、Toota Woota Sistersを結成したダンサーとして有名だ。
また、女性ロッカーのストーリーは、コンプトン出身のFreddie Maxieと、印象的なダンスを数多く残したPat “The Butterfly” Davis抜きに語ることはできない。2人は『ソウル・トレイン』最初期のスターダンサーだった。
Toni “Mickey” Basil
The Lockers唯一の女性ダンサーで、トップバレリーナ&コリオグラファーでもあるToni “Mickey” Basilは、バレエとロッキングを組み合わせたユニークなスタイルと連続スピンで知られており、そのダンスキャリアは50年以上に及ぶ。
1960年代にテレビ番組や映画のコリオグラファーとしてキャリアをスタートさせた彼女は、その後Tina TurnerやDavid Bowieを含む数々のスターたちのコリオグラファーとして活躍し、1982年には自らが歌って踊った「Hey Mickey」をヒットさせた。
また、2018年には、73歳ながら強烈なダンスを披露した映像がバイラルヒットとなった。
The Lockersをマネージャーとしてまとめ、ショービジネスの経験とコネを活かして彼らを羽ばたかせた彼女がいなければ、ロッキングは今のような商業的成功を収めていなかっただろう。
Tony “GoGo” Lewis
Tony “GoGo” Lewisは、1970年代に世界初のシンクロロッキングダンスグループ、GoGo Brothersを結成した。
The Lockersや33rpmのオリジナルメンバーとしても知られているTony “GoGo” Lewisだが、彼の最大の功績は、1980年代に日本へロッキングを持ち込んだことだろう。
ロッキングのオリジネイターとして日本へやってきたTonyは、この国独自のスタイルを開発・発展させ、さらにはロッキングをベースにしたサブジャンルの創出にも力を貸した。今も息子たちと一緒に新生GoGo Brothersとして活躍を続けている。
Shabba-Doo
Adolfo 'Shabba-Doo' Quinoñesは、他のロサンゼルス・サウスセントラル出身のロッカーたちとは違ってシカゴ出身だったこともあり、デビューしたのは1973年と遅めだった。しかし、すぐにそのスピーディ&スムーズなスタイルが注目を集めるようになった。
Adolfo 'Shabba-Doo' Quinoñes をThe Lockersのオリジナルメンバーとして覚えている人は少なくないはずだが、彼を最も有名にしたのは1984年公開のカルトヒット映画『ブレイクダンス』と『ブレイクダンス2 ブーガルビートでT.K.O!』のオゾーン役に代表される数々の映画出演だ。
Scoo B Doo
ロッキングのオリジネイターのひとり、Jimmy 'Scoo B Doo' Fosterは、世界中のロッキンググループと関わってきた大ベテランだ。
The Lockersのオリジナルメンバーだった彼は、『ソウル・トレイン』のダンサーとして活躍した他、Creative GenerationやSomething Specialなどのグループにも参加した。また、日本でのロッキングの発展にも力を貸した。
数多のハンドシェイク、ステップ、ルーティンをGreg Pope 'Cambellock Jr’と共に生み出した彼は、“スクービードゥー” として広く知られるオリジナルステップを開発したことでも有名だ。