【中上貴晶】大クラッシュからの復活、そして見据える未来
© Teruhisa Inoue
MotoGP

【中上貴晶】大クラッシュからの復活、そして見据える未来|MotoGP

現在MotoGPクラスに参戦する唯一の日本人・中上貴晶が、本インタビューで“あのとき”の真相と今シーズンの目標を独占告白。
Written by Yoshito Narishima
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中上 貴晶

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昨シーズン、彼を襲った悲劇の大クラッシュは、序盤の好調を嘲笑うかのように暗く長い試練のトンネルへと引き摺り込んだ。痛みに耐え“ヒカリ”を求めてもがくオトコが、その苦闘と今シーズンへの不屈の想いを語る。
あとから映像を見たけど、自分でもヤバいと思った……

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その瞬間、筆者のみならず世界のレースファンの背筋が凍り付いたに違いない。
目で追えないほどのスピードで赤と白のマシンがコース外へと弾け飛んでいったのだ。前周のレース展開から、すぐさま誰のアクシデントかは察しがつく、中上貴晶だった。
【中上貴晶】大クラッシュからの復活、そして見据える未来
【中上貴晶】大クラッシュからの復活、そして見据える未来
“あれ”は無事では済まない。頭の中に警鐘が鳴り響いていた。原因をつくってしまったバレンティーノ・ロッシもすぐにクラッシュパッド脇で横たわるタカに駆け寄り安否を確認している。“悪夢の瞬間”は、それほどに危険なクラッシュだった……。
2019シーズンのMotoGP。開幕戦となるカタールGPで9位となり、目標としていた“トップ10フィニッシュ”を実現した中上貴晶(以下、タカ)。好調は続き、以後3戦連続でトップ10入り。転倒リタイヤとなった第5戦フランスGP後の第6戦イタリアGPではMotoGPクラス自身最高位となる5位、続く第7戦カタルニアGPも8位フィニッシュと、“2年目の覚醒”を思わせる最高のスタートを切っていた。
「2019シーズンはウインターテストからすべてが良い感触でした。開幕戦で9位になれたことで勢いに乗れましたね。そしてイタリアGPでの5位は本当に嬉しかった。レースウイーク前からターニングポイントになるグランプリだと思っていたのがムジェロ(イタリアGP開催コース)で、自分的にもレイアウトが好きなコースなんです。
マシンの調子などがうまく噛み合えば良い結果が残せると考えていました。表彰台には届きませんでしたが、初めて視線の先に優勝争いが見える位置でゴールできたことは、自分にとってもチームにとっても自信につながりました。『次は表彰台』と、素直に口から出るほど手応えがありましたね」
【中上貴晶】大クラッシュからの復活、そして見据える未来
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そう振り返るタカだが、ここまでのレース、すべてが順風満帆だったわけではない。レースウイークで浮き沈みを繰り返すこともしばしば。それでも混戦をくぐり抜けてトップ10を持ち帰る。2018シーズンとは明らかに異なる“勝負強さ”が際立っていた。しかし、ファンの期待が膨らむ一方で、冒頭の“悪夢の瞬間”は近づいていた。

いま改めて語られる、ロッシとのクラッシュの真相

迎えた第8戦オランダGP(6月30日・アッセン)。5周目にバレンティーノ・ロッシ(以下、ロッシ)とバトルを繰り広げていたタカだったが、第8コーナーでインに飛び込んだロッシがスリップダウン。コントロールを失ったマシンは、その勢いのまま外側を走るタカに直撃、もつれながらクラッシュパッドまで吹き飛んでいった。
「あとから映像を見たんですが、自分でもアレはヤバかったな……、と」当時の記憶を冷静に呼び起こしながら言葉を続ける。
「転倒時に頭も打っているんですけど、あの瞬間はすべて鮮明に覚えているんです。バレンティーノがインに飛び込んできた瞬間に“握りごけ”(フロントブレーキをかけすぎての転倒)をしたのも見えていました。でもあれだけのスピードなので、わかった瞬間にはもう巻き込まれていて……。クラッシュパッドにぶつかって止まったあと、息をしているか、記憶はあるか、手足は動くか、感覚はあるか……まずは自分の無事を無意識に確認していました」
【中上貴晶】大クラッシュからの復活、そして見据える未来
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“最悪の事態”も想定される中、しばらくして上体を起こしたタカを見て、世界中がホッと胸を撫でおろした。しかし、クラッシュの代償は大きく、左足首じん帯損傷に加え、2019シーズンの行方を左右する“爆弾”を身体に抱えてしまうことになる。
「倒れているところにバレンティーノが駆け寄ってきて、『大丈夫か? 申し訳ない』と心配してくれていたんですが、“身体の確認”と“左足の激痛”で、聞こえていても正直全然頭には入ってきませんでした。
すぐに病院に運ばれて検査をしたら“左足首じん帯損傷”と診断されました。骨折などはなかったのでひとまずはホッとしたんですが……。翌週は連戦でドイツGPがあったので、できる限り回復させなきゃと頭を切り替えました。スペインで自宅療養して、水曜日にはドイツに移動して……」
【中上貴晶】大クラッシュからの復活、そして見据える未来
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あれだけのクラッシュ、そして大怪我を負い、ボロボロの身体を引きずっても再び闘いの場へと歩を進める。ライダーにとって身体は資本。翌週のドイツGPを欠場することは考えなかったのだろうか。
「それは絶対ありません。調子も良かったし、ドイツGPのあとにサマーブレークがあったので。何が何でも出場して1ポイントでも多く獲得したいと考えていました。
もちろん、クラッシュの翌日は起き上がれないぐらい全身が痛くて、左足は地面につくこともできない状態だったので、頭をよぎることはありましたが……。1ポイントでも取れれば上出来と割り切って出場したものの、左足なのでシフト操作が必要なのに加えて、ドイツGPは左回り。とにかく負担が多くて……。走る直前に痛み止めを打ってもらうんですが、40分しかもたないので終盤は痛みとの闘いでした」
結果、ドイツGPは14位でチェッカーを受け、懸命に2ポイントを獲得する。ピット内のライダーチェアからマシンまでの数歩すら歩けず、松葉づえが必要な状態での奮闘。たとえ手負いだとしても、虎であることを見せ続けないと明日はない。来シーズンもMotoGPライダーでいられる保証などどこにもないのだ。
【中上貴晶】大クラッシュからの復活、そして見据える未来
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肩の怪我のことを告げず独り、痛みと対峙し続ける

約2週間のサマーブレークで、左足首はほぼ完治した。迎えた第10戦チェコGPでは再び9位でシングルフィニッシュを飾り完全復活……かに見えた。しかし、転倒による怪我は左足首だけではなかった。350㎞/hを超える世界でマシンを操り続けるハードワーク。まだ表面化していない爆弾は徐々に身体を蝕み事態はさらに深刻化していく。
「じつはオランダGPでの転倒時に右肩が亜脱臼したんです。その時はすぐにはまったし、その後も痛みがまったくなかったので大丈夫だと思っていたんですけど……。私生活の中で右肩が上がらなかったり、可動域が狭くなっていることに気付きました。
さらに1カ月ぐらい経つと治るどころか痛みが出始めたんです。病院で診てもらうと肩の“関節唇”が損傷し関節が不安定になっていて、治すには補強手術が必要、と。ただ、『この症状なら、そんなに痛みが出ることはないのですが……』と言われました」
【中上貴晶】大クラッシュからの復活、そして見据える未来
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右肩の負傷のことを、タカは誰にも話さなかった。好調のチームに心配をかけるわけにいかない。ライバルに弱味を見せるわけにはいかない。そして、来シーズンのシートを失うわけにもいかない。日に日に増していく痛みに耐えながら、タカは独り闘い続けた。気持ちとは裏腹に落ちていくパフォーマンス。医師は今すぐにでも手術が必要と促すようになっていた。レース中、何度も肩が外れそうになり冷や汗をかきながら、それでもゴールを目指し続ける。
「結果がすべての世界なのでやるしかありませんでした。でも自分の中でデッドラインは決めていて、転倒もないのに15位以下でレースを終えるようならチームに怪我のことを話そう、と。1戦、もう1戦と気持ちを繋いで、走れる限り走るつもりでした」
【中上貴晶】大クラッシュからの復活、そして見据える未来
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闘う気持ちが勝ち取った来シーズンのシート

迎えた9月。来シーズンも契約の継続が決まり、チームに肩の怪我について明かした。そしてタカは決断する。母国グランプリである第16戦日本GPを終えたら、残りの3戦、治療のために欠場することを。怪我をしてもあきらめない気持ちが、チャンスを繋いだのだ。実際、契約が決まらなければ、タカは最終戦まで走り続けただろう。誰にも怪我のことを話すことなく、壊れていく自分の身体を顧みることもなく。
「日本GPは、とても闘えるような状態ではありませんでした。でも、結果が残らないとしても、母国グランプリはどうしても走りたい。結果16位でしたがなんとか完走できました。その9日後に肩の手術をしたのですが、砕けて飛び散った軟骨が骨と骨の間に入り込んでいたみたいで、それが痛みの原因でした。
内視鏡での手術で入院も1日と聞いていたので身体への負担も軽いのかな……と思っていたんですが甘かった(笑)。軟骨にビスケット大の穴が空いていたみたいで、手術で集めた軟骨をそこに埋め込んで縫合したんですが、術後5日間は泣きそうになるほど痛くて、その時は手術を後悔しました。それでも術後3日からリハビリを始めたんですけど、最初は輪ゴムを広げるのですらキツくて……。筋肉も見た目にわかるくらい落ちて、さすがに焦りましたね」
不安を振り払うかのように、いまは肉体も回復に向かう
不安を振り払うかのように、いまは肉体も回復に向かう
タカが治療に専念している間も、当然ながらグランプリは進む。3戦の欠場は悔しいが、怪我をしたからこそ得られたものもあった。最終戦、バレンシアGPに足を運んだタカは、普段は決して見ることのできない、チームスタッフの闘う姿を目にする。
「自分がコースを走っているときに、みんながどういう顔でレースを見て、どんな準備をして、どんな心境でライダーの帰りを待っているのか。それを見ることができたのは本当に自分にとって大きかったですね。ライダーの走りに一喜一憂する姿を見て、改めて“コース上でも独りじゃない”と感じました。感動でしたね」
【中上貴晶】大クラッシュからの復活、そして見据える未来
【中上貴晶】大クラッシュからの復活、そして見据える未来
欠場により深まったチームの絆。これから迎える2020シーズン、自分のためにも、彼らのためにも、ファンのためにも、まず必要なことは身体を万全の状態まで戻すことだ。
今シーズンの目標は安定してトップ6に入ること、その位置にいれば表彰台に登るチャンスはきっとある

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「肩の可動域や筋力など、まだ60%ぐらいしか回復できていないのが現状です。セパンの合同テストでも、まったく思い通りに走ることができませんでした。不安がないかと言ったら嘘になりますが、自分とチームを信じて、まずは2月のテストで80%シーズン開幕で100%になるように調整していきます。
また、本来はシーズンオフから開幕までに、4回ほどテストのチャンスがあるんですが、自分はそのうち2回をスキップしているので、今シーズンから乗る2019年型のマシン(マルケスがワールドチャンピオンを獲得したマシンと同型)の性能を語れるほど乗り込めていません。残された準備期間はかなり限られていますが、ワークスのデータなども研究しながら闘えるところまで仕上げていきます」
2020年2月のテストにて、段階的にではあるが復活の感触を掴みつつある中上
2020年2月のテストにて、段階的にではあるが復活の感触を掴みつつある中上
怪我が言い訳にならないのは、誰よりもタカ自身が一番わかっている。MotoGP参戦3年目のライダーとして、トップアスリートとして、求められているのは結果だ。
「昨年、トップ10は行けると証明できました。それを踏まえて、今シーズンの目標は安定してトップ6に入ること。その位置にいれば、表彰台に手が届くチャンスがきっと訪れると思っています。期待していてください」
さて、取材は2月中旬に行われたのだが、2月末に開催された実践テストでは、総合8番手のタイムをマークし、絶対王者のマルケスに次ぐホンダ勢2番手。身体の順調な回復と、2019年型マシンにも適応できるポテンシャルを見せつけた。
タカにとって試練の年となった2019シーズンだが、これまでも苦難を乗り越えるたびに強くなり、夢への階段を一段ずつ上ってきた。“日本人初のMotoGPチャンピオン”。長いトンネルの出口に差す“ヒカリ”ヘ向かい、翔び立つときがきた。
【中上貴晶】大クラッシュからの復活、そして見据える未来
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(了)

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◆Profile
中上貴晶(Takaaki Nakagami)
1992年生まれ、千葉県出身のバイクレーサー。4歳でポケバイデビューし、ミニバイクからロードレースまで国内タイトルのほとんどを獲得。16歳で世界グランプリデビュー。2018年からは念願のMotoGP最高峰クラス(MotoGPクラス)に唯一の日本人ライダーとして、LCR Honda IDEMITSUから参戦している。

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◆Information
▶︎Red Bullのモータースポーツ情報はTwitter公式アカウントにて随時更新中
▶︎中上貴晶が教える「バイク乗り」に効く自宅トレーニング動画がYouTubeにて公開中
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中上 貴晶

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