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ここだけの話、Jeannail “Cuddle Bear” Carterの台頭は、格闘ゲームトーナメントシーンにとって久方の嬉しい出来事なのかもしれない。イリノイ州シカゴ出身の彼女は、日本出身でなくても活躍できることを証明しながら独自の道を歩んでeスポーツのトップレベルに辿り着き、男性主体の同シーンのイメージを変えた。
Cuddle Bearは、歩けるようになった頃からアーケードゲームに夢中だった(事実、彼女のゲーマータグは『DanceDanceRevolution SuperNOVA』時代に用意されたもの)が、言うまでもなく、彼女が天啓を得たのは『鉄拳』シリーズを知った6歳のときだった。
Cuddle Bearはプロゲーマーになるまでの経緯を「段階的でしたね。美術学校卒業後はアーティストとして生計を立てていたのですが、作品制作と『鉄拳』シリーズのトーナメント出場の間でバランスを取りながら生活していました」と語っている。そして、2018年までに北米のEquinox Gamingと契約してフルタイムのeスポーツプレイヤーになると、彼女はトッププレイヤーたちから勝利を挙げながらビッグトーナメントで活躍するようになっていった。
では、『鉄拳』シリーズのプロプレイヤーになるためには実際に何が必要なのだろうか? トレーニングパートナーとトーナメントで対戦するときはどのような気持ちになるのだろうか? ニューヨークのタイムズスクエアの看板広告に自分が張り出されるのはどのような感覚なのだろうか? 現在26歳のCuddle Bearがすべてを語ってくれた。
− 2021年初頭に開催されたトーナメント【ICFC North America Season 1】で2位に入りましたが、どんな気持ちでしたか?
自分を誇りに思いましたね。多くのプレイヤーがOPのファーカムラムをメインに据えていましたが、私はそうしませんでした。格闘ゲームには次の2つの考え方が存在します。自分が長年使ってきたメインに拘り続けるか、その時のメタ最強キャラクターを使用するか、です。どれだけ楽をしたいかでどちらにするかが決まってきますね。私は、自分のメイン(シャオユウ)に拘り続けてもやれると感じていました。
− 有観客のトーナメントが復活することをあなたも心待ちにしているはずですが、有観客の対戦ではどのようなフィーリングを得ているのでしょう?
クレイジーなフィーリングですよ。アドレナリンが分泌され、心拍数が1,000BPMになったように感じます。観客全員が固唾を呑んで見守るので時間が止まったかのように静まりかえります。良い選択ができれば、素晴らしいエナジー、興奮が生まれます。ヘッドフォンを突き抜けて大歓声が聞こえますし、その振動が床と私の身体を震わせます。
− トーナメントや対戦前に必ず行っているルーティンのようなものはありますか?
いくつかありますね。トーナメント前は昼寝を2回するようにしています。笑える話ですが、プロ生活3年目の今もトーナメント前は緊張してしまうんです。現場はワイルドですからね。あと、対戦中はガムを横に置くようにしていて、ラウンド間はなるべく深呼吸をするようにしています。こうすることで集中を取り戻しているんです。対戦ではたった60秒で多くのことが起きますからね。
鉄拳の生まれ故郷出身のプレイヤーと同じプレイをしなくても活躍はできますし、そのようなプレイヤーは数多く存在します
− キャリアハイライトを教えてください。
2018年のTekken World Tourはオランダ・アムステルダムで現地最終予選(LCQ:Last Chance Qualifier)が開催されたのですが、Equinox Gamingと契約して3ヶ月目を迎えていた当時、私はチームのバックアップを受けてこの予選に出場することになりました。キャリア初の海外遠征だったのですが、空港でロストバゲージに遭い、服とコントローラーが手元にない状況に陥ってしまいました。
ですが、Emily Tran(Equinox Gaming CEO)とチームのおかげで、コントローラーを手に入れ、街で必需品を揃えることもできました。結局、LCQはEmilyのフーディーを借りて出場したのですが、トッププレイヤー数人から勝利を挙げるなど、かなりの好成績を得ることができました。
使い慣れているアイテムがない状態で好成績を収められたのは大きな手応えになりましたね。最終的に敗退してしまったので、悔しい思いと共にステージから降りましたが、Emilyとチーム、そしてファンが私を褒めてくれました。
− 先日、タイムズスクエアの看板広告に起用されましたが、驚いたのではないですか?
夢のようだと思うべきだったのかもしれませんが、実際は「自分に相応しい結果」だと思いました。看板広告はTwitchのクリエーターたちが起用されていて、私はそのひとりでした。私は自分の仕事が大好きですし、自分の存在によって格闘ゲームコミュニティのイメージがかなり大きく変わったことは自覚しています。
私は『鉄拳』のトーナメントシーンに新しいイメージをもたらしました。このシーンのプレイヤータイプがひとつだけではないこと、男性だけではないということを示せたのは良かったと思います。私は正当な理由でトッププレイヤーに数えられていますし、新しいタイプのプレイヤーたちが前に出るのは非常に良いことだと思っています。
− 長年に渡り格闘ゲームシーンの中心は日本とされてきましたが、あなたは自分を米国からの “新しい波” として捉えているのでしょうか?
プロチームが米国人プレイヤーたちにポテンシャルを見出していけば、それだけ日本・韓国最強説が弱まっていくでしょう。私は、日本と韓国だけが格闘ゲームのお手本だとは思っていません。パキスタンがこの意見の裏付けです。
パキスタンにはArslan Ashのようなプレイヤーが揃っています。Arslan Ashはいきなり登場したプレイヤーですが、私は彼をよくお手本にしています。そして、米国にも彼のような優秀なプレイヤーが揃っています。米国を優勝候補から外すことはできませんよ。“鉄拳の生まれ故郷” 出身のプレイヤーと同じプレイをしなくても活躍はできますし、実際、このことを証明しているプレイヤーは数多く存在します。
− 『鉄拳』シリーズを好きになったきっかけを教えてください。
父親が仕事から帰ってくるとよく格闘ゲームをプレイしていたんです。『鉄拳』シリーズはそんな父親とよく一緒にプレイした1本でした。親が目を輝かせて趣味を楽しんでいる姿を見るのはクールでしたね。「自分もやってみたい」と思うようになるんですよ。それでプレイしたのが『鉄拳2』でした。コントローラーを握っている6歳頃の写真もありますが、我ながらキュートですね。
− 格闘ゲームに真剣に取り組むようになったのはいつですか?
10代の頃は『鉄拳タッグトーナメント2』のオンライン対戦に夢中で、その対戦を通じて友人ができるようになりました。それで、地元で開催されていたオフライントーナメントにも顔を出すようになり、集まっていたプレイヤーたちのレベルをチェックすると、自分の実力や勝つために必要なことが具体的に見えてきたんです。
他のプレイヤーたちは自分とは違う立ち回りをしていました。彼らはバックダッシュで距離を取りながら、状況を確認していたのですが、当時の私はそのような動きをしていなかったので、オンライン対戦で取り入れるようになりました。他のプレイヤーたちの2倍は努力したと思います。当時はトップレベルで活躍している女性プレイヤーがほとんどいませんでしたので。
− あなたは以前、強いメンタルを手に入れなければならなかったと発言していましたが、女性プレイヤーが少なかったことがその理由だったのでしょうか?
強いメンタルが必要になった背景には、トーナメントの規模や開催地が関係しています。最初の頃にプレイしていた小規模なローカルトーナメントは全員が顔見知りでしたので、敵対的な雰囲気はありませんでした。
ですが、名前が知られるようになり、ビッグステージで他の国や地域出身のプレイヤーたちを相手に勝利を収めるようになると、ブーイングをされたり、偶然の勝利だと言われたりするようになりました。相手が手を抜いていたから勝てたと思われたんです。
ですが、私は「そんなことはありえない。相手は私に完敗した経験があるから私を恐れていたんだ」と思っていました。私に不安を覚えて相手が自滅しただけなのです。ですが、自分の存在が知られていくにつれてこのような状況が増えていったので、メンタルを鍛えていかなければならなくなりました。
− Equinox GamingのEmily Tran CEOが女性というのは大きな助けになっているのではないですか?
彼女は最高ですね。このシーンで起きているいくつかの問題や出来事に対する彼女の考えは私たちの大きな助けになっています。プロフェッショナルな女性としてこのシーンに関わっている私の気持ちを同じ立場から理解してもらえるというのは本当に大きいですね。
彼女は私の味方で、私の背中を支えてくれています。何でも相談できますし、私の調子も気遣ってくれています。私を商品や数字ではなく、人間として扱ってくれているんです。また、トレーニングパートナー(Shadow 20Z)が15分の距離に住んでいることにも助けられています。彼も最高ですよ。
私はeスポーツシーンで活躍している黒人女性トッププレイヤーのひとりに過ぎません。ソリューションを見つける方法や自分たちにできることについてみんなで話し合いましょう
− トレーニングパートナーとトーナメントで対戦するときはどんな気持ちなのでしょう?
対戦がいつもの倍は難しくなりますね。3手先くらいまで読む必要があります。ですが、ファンはこのような対戦を楽しみにしていますね。お互いの手の内を知っているがゆえに、素晴らしい瞬間が生まれるときがあるからです。
− あなたはトレーニングパートナーの他にコーチも付けていますよね?
はい。元プレイヤーにコーチを頼んでいます。彼がコーチに付いてくれているおかげで、別の視点から考えられるようになっています。また、自分のプレイを信じられるようにもなりました。コーチは私を信じてくれているので、それが自信に繋がっています。私がどれだけ感謝しているか、本人は分かっていないと思いますよ。
以前、「よし、今日のトレーニングはここまでだ。来週はグランドファイナルだな」と言われたあと、次のトーナメントで本当にグランドファイナルに進出できたんです。そのあとである人がコーチから届いたメッセージを見せてくれたのですが、そのメッセージには「彼女の実力を疑ったことは一度もない」と書かれていました。本当に嬉しかったですね。
− 最近のあなたはロールモデルとしても注目されるようになっています。誰かの目標になるのはどのような気持ちですか?
良い気分ですよ。同じ女性から目標にされるのは少し特別な感覚です。光栄に感じるんですよね。私を支えてくれた両親と同じように、自分が誰かを支えられていることを本当に嬉しく思います。私たち全員が、自分がいたいと思う場所にいる権利を持っているのです。
パネルディスカッションに招かれてeスポーツシーンにおける女性について話したり、Riot Gamesのブラックヒストリー月間(2021年2月に開催)に参加したりすることで、進められるべき会話を進めていますが、私はeスポーツシーンで活躍している黒人女性トッププレイヤーのひとりに過ぎません。ソリューションを見つける方法や自分たちにできることについてみんなで話し合いましょう。
− トレーニング方法について教えてください。
トレーニングの長さは日によって異なります。バーンアウト(燃え尽き症候群)を防ぐために長くならないように注意する日があれば、対戦動画を見て学習するだけの日もあります。あらゆる状況に備えていく必要があるので、ランクマッチではあらゆるタイプとスタイルのプレイヤーと対戦しています。このような取り組みがトーナメントへ向けた良い準備になっています。
− 若かりし自分にアドバイスを送れるとしたら、どのようなアドバイスを送りますか?
中学3年生の自分には「今の自分で十分。社交的でなくても問題ない。自分のペースで進めていって。あなたはすでに素晴らしいし、今のままでも素晴らしい未来が待っている」と伝えたいですね。
− 今後の予定について教えてください。
この先数年は自分のブランド力を高めていくつもりです。プロプレイヤーとして活躍を続けながらより大きな企業と契約を結んでいきたいですね。また、活動を多様化させていきたいです。コーチや講師としても活動していきたいですし、講演で経験を伝えていくことにも興味があります。これらの活動を通じて経済的安定を得ていければ嬉しいですね。
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