HAPPY NUTS DAY
© Hikaru Funyu
スケートボード

ピーナッツバターが九十九里を救う?【Vol.9 - 中野 剛(HAPPY NUTS DAY)】

人物写真のない人物インタビュー企画。スケーターの「創造力」にフォーカスする異色の連載『The Another Story』。
Written by alex shu nissen / Edited by Hisanori Kato
読み終わるまで:8分最終更新日:
※本稿は2019年1月にインタビュー&執筆されたものです
 
第9回目に登場するのは、HAPPY NUTS DAY 代表・クリエイティブディレクター 中野剛
2013年、彼は千葉県九十九里にてスケート仲間達とDIYで小さなピーナッツバターブランドを始めた
口コミで評判が広がり、現在では都内の有名店を初め、全国およそ170店舗に卸しを展開するまでに急成長。ネットでHAPPY NUTS DAYと検索すると、“3ヶ月で3万個売れた~”、 “1000個が5時間で完売~”といった、熱い人気ぶりが伺えるキャッチーな見出しの記事が次々と並ぶ。
しかし、今から紹介するのは、これまでの取材ではあまり語られることのなかった話、文字通りのアナザーストーリーになるだろう。
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01

池袋でスケートとバイトに明け暮れた学生時代

“スケーターが手掛けた大人気のピーナッツバター”はいかにして生まれたのか。順を追って話を聞いていくと、やはり彼のルーツであるスケートの話になった
「スケートを始めたのは中学2年。池袋で育ったので、MxMxM(※1)始めた頃の宮内くんだったり、Evisen(※2)始める前の勝己くんだったり、あとはMETROPIA(※3)の先輩たちの下で滑ってましたね。僕はずっと、いつか本場でスケートがしたいって気持ちがあったんですよ。だから高校時代は学校に行かないでバイトばっかり。お金を貯めて卒業後はNYに留学しました
さらっと国内のシーンを牽引する池袋ローカルたちの名前が飛び出し、まずは生粋のスケーターであることが分かったが、想像より、やんちゃな学生時代を過ごしていたようだ。というのも、事前のリサーチでは、美大を卒業 →広告代理店 入社 → アートディレクターとして数々の賞を受賞というエリートコースのはず。
確認すると、間違いではないようだが、「ちょっと僕はキャリアがストレートな感じじゃないんですよ」と言うように、異色な経歴の持ち主であることが明らかになった。
しかし、回り道にも思えるそれら一つひとつが現在のHAPPY NUTS DAYを形作る重要な要素となっている。
  • ※1) 1999年、宮内利明により発足したスケートブランド。
  • ※2) 2011年、プロスケーター南勝己により発足したスケートブランド。
  • ※3) 90年代後半、田口悟、西平子安、大矢尚孝ら、日本のトップスケーター達により発足したスケートブランド。
02

スケート留学のはずが、NYのヒッピー村で農家に

「僕がNYで通ってた学校が、いわゆるNYシティではなくて、そこから7時間ぐらいバスで行った先にある、NY州の田舎だったんです。すごく寒いし、9月から学校始まって、11月にはもう雪が積もって全然スケートなんてできる環境じゃなくて、これは学校の場所を間違えたなと。しかも、行ってから知ったんですけど、アメリカ中の問題児が行き着く、半分隔離施設みたいな所で(笑)。でもお金もなかったんで、持て余した時間に部屋にあった鉛筆で絵を描くようになりました。“自分の絵がデッキになったら嬉しいだろうな”って思ってどんどん熱中していくうちに、スケボーのデザイナーになるという夢と、その為にNYシティの美大に入るという目標ができたんですよ」
スケートをしに来たけど、できないならば絵を描こう。そんな思い切りの良い方向転換が、すぐにできたのは、きっと元来の彼の性分なのだろう。その証拠に、受験に向け、英語の勉強から絵の練習と、しっかり準備を進めていたにも関わらず、数ヶ月後の彼はヒッピーになっていた
学校の社会科見学の授業で、ヒッピーの生活を見る機会があったんです。自然の中で暮らして、ジャンベ(アフリカの打楽器)叩きながら、歌ったり踊ったり。腹が減ったら、自分で育てた野菜を食べるっていう自給自足の生活。その光景が本当に衝撃的でした。もう学校に行ってる場合じゃない、僕もこれがやりたい! って、大学受験も止めて本当に自給自足の生活を始めました。山奥のブルーベリー農家を手伝いながら、捨てられたキャンピングカーに何ヶ月も風呂にも入らずに住んでましたね」
東京に生まれ、コンクリートに囲まれて生きてきた彼にとって、自給自足の暮らしから学ぶことは多く、非常に得難い経験だったそう。満足がいくまで自然の恵みを堪能したことで、あるひとつの志が固まり、延期していた美大受験を再び決意。本気で学ぶなら母国語でと、東京へ帰ることを決めた
03

遊びから始まったピーナッツバター作り

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帰国後は、多摩美術大学へ進学。デザインを学びながら、海外経験を通して魅了された“言葉を介さない表現でのコミニケーション”をより深く追求していく。
「スケボーがあれば言葉もなく仲間ができたし、絵だって言語が分からなくても伝わる。海外に居たことで自分が生まれた国の魅力も再認識したので、それを自分らしい表現で海外に発信していきたいという信念が生まれたんです。その為にまずは、日本のお茶の間にリーチする術を学ぼうと広告代理店に入りました
CMや広告を手掛け、アートディレクターとして国内外の広告賞を多数受賞。多くの人々へ届く“伝え方”をものにしていった。
その一方で、プライベートではスケートボードに乗り続けていた。ヒッピー生活を経て自然の虜になった彼は、仲の良いスケート仲間がいる九十九里町に頻繁に通うようになり、名産品である落花生に出会う
「九十九里で遊んでたら、農家のおじいさんが、“これ食べな”って、売り物にならない形の悪い落花生をくれたんですよ。それで仲間とピーナッツバターを作ってみたら、意外と美味しくて。油分が多いから、すり続けるだけでも、それっぽい物ができるんですよね。その日からスケートをするのとサーフィンをするのと同じで、ピーナッツバター作りも僕らの遊びのひとつになりました
最初は道の駅で販売し、そのお金で帰りにビールを飲む。そんな規模からスタートし、だんだんと評判が広がってくと、大好きな仲間で集まる口実は、いつしか大きなビジネスになっていった
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04

衰退産業を活性化するデザインの力

そんなHAPPY NUTS DAYの商品は、他のピーナッツバターと何が違うのだろう。これだけヒットするのにはきっと理由があるはずだ
「味が濃厚だって言ってもらえますね。その理由は単純で、油を加えていないから。千葉県産落花生を使ったピーナッツバターは原価が高いので、製造の際に油でのばしたり、クリームを加えたりという手法もあるのですが当時の僕らにはその知識がなかった。でも原料は今でも、落花生、塩、てんさい糖のみ。原料の誠実さは大事にしています。値段は倍ぐらいになっちゃうんですけどね。ただ、そもそも千葉県産の落花生はすごく美味しいので、利益を追求した妥協より、むしろ高級品だって認知させる努力の方が必要だと思っています」。
また、誰もが手に取りやすくシェアしたくなるような洗練されたデザインに注力したこともヒットの要因のひとつ
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ガラス瓶に和紙を巻いた昔ながらのパッケージでは、なかなか若い世代の目には止まらず、広く価値を伝達するのは難しい。“どう伝えるか”、その方法が重要なのだ
「地方産業には、せっかく良い生産物があるのに、その価値を伝えらえれていない。だから衰退していくってことが多いと思うんですよ。落花生に限らず、あとはもう伝えるだけなのに! って物がたくさんある。そこに、僕が学んできたデザインの力は大いに助けになれると思っています。まだ詳しい事は言えないのですが、行政と共に、地方ブランドの創出を加速させていこうっていうプロジェクトも進んでいます。それが始まったらもっと面白いことになると思いますね」
05

「あの社長スケーターらしいよ」で夢を与えたい

取材の最後に、何か付け加えることはありますか? と尋ねると、スケートボードから学んだことと、いちスケーターとしての目標を話してくれた。
「スケーターって街のみんなが当たり前に通り過ぎる手すりだったり、階段だったり、縁石に、めっちゃワクワクできるじゃないですか。だから僕は、スケートで培った日常からワクワクを見つける視点がすごく仕事に活きているんです。それに、警備員やら警察やら、普通の人たちより桁違いに怒られている回数が多いから、メンタルも鍛えられました(笑)
確かに、廃棄する落花生をピーナッツバターにして輝かせるのと、なんでもない階段をフリップで跳んで楽しもうという発想は近しいのかもしれない。こういった視点は、ビジネスにおいても重要であり、だからこそ彼はHAPPY NUTS DAYを皮切りに、これからの日本の地方産業を大いに発展させることができると確信している。
「課題は、スタイルと数字の両立。“あのビジネスで大成功した社長ってリアルなスケーター上がりらしいよ”って言われるような憧れの対象になれたら、若い子が希望を持つし、スケーターの地位向上にも繋がるじゃないですか。そういう存在になっていきたいですね」
ストリートでは毛嫌いされていたスケート少年たちが成長し、ビジネスの現場で大人たちを見返す。“なんでスケーターが?” “それはね、階段でワクワクできるからだよ”。そんな会話がどこかから聞こえて来る日が近いのかもしれない。
◆Information
【Red Bull Skateboard連載企画】スケーターならではの面白いクリエイティビティに注目した連載企画を不定期で配信中。最新記事を含めた全内容はこちら>>