WASEDA BREAKERS。
ストリートで踊っている者なら、一度はその名前を聞いたことがあるだろう。底堅い技術の上に世界でも類をみない独創性を加えたそのスタイルで、2000年のBattle Of The Yearで世界準優勝という快挙をいきなり成し遂げ、現在も新しい世代のメンバーへとその"ワセダイズム"を継承する、あまりにも重要なブレイキン集団。今年で30周年を迎えたこの伝統あるチームの足跡を、秘蔵写真で振り返る。
1990
「ブレイクダンスブームが下火になった1986年、早稲田大学で唯一ブレイクダンスができたサークル舞夢踏にPrince、Jin、Jidaiが入会。その後Taro氏との運命的な出会いをきっかけに、1988年早稲田ブレイカーズを立ち上げ。
少人数の集まりから、ダンスブームの再来と共に立ち踊りを含めたダンスサークルとして進化。ブレイキングチームとしてもバトンは繋がれていく。それぞれがやりたいスタイルを追求する同好会の姿勢を貫き、30年経った今でもそのDNAは脈々と受け継がれている。」(Jin)
1993
「やりたいスタイルを徹底的に追求。やりたいことなので、苦にならないし、楽しんでたね。追求していくと、最初は誰かのマネだったのが、自然にその人しか出せない味が出てくる。それぞれ追求しているものは違っていたけれど、そこは縛ることなく自由で、かつ、お互いを尊重し合っていた。」(Prince)
1995
「川崎ルフロンダンスコンテストで優勝した時の一枚。第二世代の4人組(Jack, Yajiro, Chao, Lunch)が、この優勝を機にWASEDA BREAKERSを正式に襲名。当時のライバルTRUE SCHOOLもこの頃、ROCK STEADY CREW JAPANを襲名。ここから早稲田 vs RSC JAPANが98年頃まで続いたかな。」(Jack)
1996
「先輩方からチーム名が入ったネックレスをプレゼントされ、『今日からお前たちがWASEDA BREAKERSだ』と、チームをこの4人で引き継いだ。重い看板を背負ったけど、ますますダンスが好きになった。 」(Yajiro)
「RSC anniversary at NYC in 1996。多くの影響を受けた親友チームBag of Trix (Canada)のメンバーと。Gizmoはこの頃既に相当の実力、知名度だったのに、本当にフェアに付き合ってくれた。個性を尊重してフラットに互いをリスペクトするのは、Bag of Trix、WASEDA BREAKERSに共通する根底の価値観だと思う。心からの感謝とRespectを!」(Jack)
1998
「神戸Radiotron優勝時に、ゲストで来日していたドイツのBattle Squadと。北海道、大阪、広島、九州のBboy達と初めて東西に分かれてバトル。東京での活動から日本各地の同世代Bboyを意識しだしたのが、この頃かもしれない。」(Jack)
2000
「この年、初めて日本の出場枠が設けられたBOTY。まだ日本は世界に遅れをとっていた時代だったから、俺達が決勝の舞台に立つなんて、誰も思っていなかったはず。日本のテレビクルーも(予選の)ショーが終わった時点でカメラをしまって酒飲んでたからね(笑)。でも俺達は、本気で優勝目指して練習を重ねていた。」(Yajiro)
「かつてはRSC JAPANに強い対抗意識があって、メンバー間の年賀状で『今年こそ倒そう』なんて書いてた(笑)。彼らの正統派スタイルに対抗してか、だんだん唯一無二のスタイルを目指すようになり…特にルーティンは世界的に未開発領域だったから、新しいのをバンバン作った。」(Yajiro)
2008
「2008年、新宿にて。この時期に定期的に開催されていたバトルイベント『杢人拳』での写真。決勝ではMZKやGamblerzのメンバーを擁する強力ユニットと対戦し、見事優勝。チームとして活動頻度が低い時期だったので、チームでの優勝はひときわうれしかった!」(Abere)
2009
「横浜のBaysideで開催された『SUCK MY KIKS』にて。決勝でゲストのSuper Cr3w(アメリカ)に敗れはしたものの、シーンにおいてWASEDA BREAKERSの存在感を改めて見せる事ができたのでは。」(Kotaro)
2014
「若手メンバーとして新たにHideki、Bobchancynを加えたメンバーでUK B-boy Champonshipの関東予選にて優勝した時の写真。この頃からメンバーも若返り、関東だけでなく関西のバトルにも挑戦しはじめました。初期のメンバーと新しいメンバーが常に化学反応を起こし続けることこそが、WASEDA BREAKERSの強み。」(Tobacco)
2015
「Vibeout Vol.5で優勝後の一枚。チームバトルに5人で出場。内2人は個人として7 to Smokeにも出場。決勝は満身創痍の中、海外からのゲストを破って優勝出来たのは嬉しかった!」(Jack)
2018
「台湾で行われた『Taipei Bboy City World Final 2018』のために下北で撮影した写真(笑)。オーガナイザーとメンバーのMattの繋がりがあって、まさかのゲストチームに。若手だけで海外のバトルに出るのは初めての事。結局ベスト8で敗退となってしまったが、世界に『今』のワセダを少しでも知ってもらえたらいいな。」(Hideki)
そして2018年12月9日、WASEDA BREAKERSの30周年を祝うアニバーサリーイベントが渋谷にておこなわれ、日本のブレイキンシーンを支えてきたOB/OGから現在のシーンを担う若手まで、大勢のBboyやBgirlたちが全国から詰めかけ、WASEDA BREAKERSの偉大なる功績を祝福した。
「オリジナルであること」の意義を問い、30年間にわたって世界のフロアで実践してきたWASEDA BREKAERS。生きる上での大切な「何か」を体現し続けてきたこのCREWがこの先10年、20年と続いていくことを、シーンの皆で見守っていこう。