沢登りでは比類のない絶景と音が堪能できる
© Sawanobori: North Face
探検

英国人クライマーが日本で出会った「沢登り」の魅力

アイスアックスや防寒装備がなくても滝は登れる。日本で沢登りに出会った英国人クライマーが、その魅力を打ち明けてくれた。
Written by Howard Calvert
読み終わるまで:8分公開日:
滝を見て、「クライミングできる」と思ったことはあるだろうか?
そう思った英国人クライマー、ジェームズ・ピアソンは、無謀なチャレンジを達成するために日本へ向かい、この国に古くから伝わる「沢登り」と出会った。そして、彼がThe North Faceのクライマーたちと挑んだそのアドベンチャーが、先日1本の素晴らしいショートフィルムにまとめられた。
スポーツとして成立するはるか前から、沢登りは日本人の生活の一部であり続けてきた。そこで、ピアソンは日本一の落差(340m)を持つ富山県・称名滝(しょうみょうだき)での登攀に挑むことを決意した。
ピアソンが、沢登りの基本的な知識必要なギア、そして今回の旅が人生最高のものとなった理由などについて語ってくれた。

1:沢登りの定義

苔で足を滑らせないように登攀する

苔で足を滑らせないように登攀する

© Sawanobori: North Face

「沢登りとは、水の流れにできるだけ沿いながら、沢(山岳部で見られる小川)や滝を登攀することなんだ」とピアソンは切り出す。
「他のルールは、ドリルで孔を開けてボルトを設置しないことだ。どんな環境でも、ボルトはサステイナブルではないからね。それ以外は、何をしても構わない」

2:沢登りをする場所は慎重に選ぶべき

日本には壮大な滝が各地に点在する

日本には壮大な滝が各地に点在する

© Sawanobori: North Face

日本には、「神々が住まう聖域」と見なされている滝があり、それらを人間が歩いて渡ることは礼拝的行為と考えられている。また、武運長久を祈願する武士たちが巡礼する滝も存在した。
「沢登りの歴史を調べて、このスポーツとその精神性をより深く理解しようとしたんだけど、言葉の壁に阻まれて困難だった」とピアソンは語る。
「だから、僕たちは旅を続けながら一緒に学んでいったんだけど、そのおかげで素晴らしい旅になったよ」
古来、深い森に囲まれた地域では山越えが難しく、村人たちは隣村へ行くために沢を伝って移動していた。日本の標高は高すぎず、低すぎないため、1年を通じて常に水が流れており、水温も比較的温かい。

3:ウェットスーツは必携

ウェットスーツ未着用だと低体温症を引き起こす場合も

ウェットスーツ未着用だと低体温症を引き起こす場合も

© Sawanobori: North Face

「僕たちはごく一般的なウェットスーツを着用していたけれど、本格的な沢登りをする人たちは、動きが制限されるし、水を含むとかなり重くなるという理由から、ウェットスーツを着用していないんだ」とピアソンは説明し、さらに続ける。
「僕たちは、ウェットスーツを脱ぎ着しながら、色々なウェアを試した。灼けつくように暑い日にフルウェットスーツとジャケットを着込んだ日は、ひとりが熱中症にやられてしまった」
「また、凍えるように寒い日にジャケットだけを着て沢登りした時は、低体温症になりかけた」

4:ソールにフェルトを貼り付けた沢登り専用シューズ

コンディションに応じて2種類のシューズを使い分ける

コンディションに応じて2種類のシューズを使い分ける

© Sawanobori: North Face

「岩にたくさんのが生えている時もあったから、特別なブーツを用意するのが重要だった」とピアソンは語る。
「沢登り用シューズのソールには、厚さ約1cmのかなり丈夫なフェルトが貼り付けてある。一部のクライマーはラバーを貼っていたけれど、これは濡れた苔では命取りだ」
「フェルトはラバーよりもはるかにグリップがあり、より快適だ。登攀の難度が増して、ごく小さな穴の上に足を置くようなケースは別として、(沢登りでは)本格的なクライミングシューズよりフェルトを貼ったシューズの方がベターだ。両方が必要になるピッチもあったね」

5:グローブは軍手でOK

通常のクライミングとは異なり、沢登りではグローブが必要

通常のクライミングとは異なり、沢登りではグローブが必要

© Sawanobori: North Face

「日本で沢登りの手ほどきをしてくれた人から、園芸用品店で安いグローブを買えとアドバイスされたんだ。それがベストだ、ってね」とピアソンは振り返る。
シンプルな軍手は、沢登りで多く遭遇する濡れた場所やぬるぬるとした岩でもグリップが利く。
「軍手は濡れてぬるぬるしている岩で素晴らしい違いをもたらしたよ。半乾きの岩では素手の方がグリップが利くから、ポケットにグローブを入れながらピッチを登攀したこともあった。水量に応じてグローブを着脱していたよ」

6:水の重みを甘く見るのはNG

容赦無く降り注ぐ水自体がチャレンジ

容赦無く降り注ぐ水自体がチャレンジ

© Sawanobori: North Face

「小さな滝を登攀する時でも、消防ホースで水を浴びせかけられているような感覚だった」とピアソンは回想する。
「水の力は猛烈で、重力が普段の10倍くらいに感じた。手足がものすごく重くなるんだよ。水の流れに逆らいながら登攀する時のもうひとつの問題は、呼吸視界だ」
「ホールドする場所を視認するのはほぼ不可能で、唇を真一文字に閉じて、短く小さな息継ぎをしながら水を飲み込まないようにする必要がある」
スイミング用ゴーグルも試した。滝壺の中では大いに役立ったけれど、水しぶきがゴーグルにかかる状況ではほとんど役立たずだった。結局、我慢して使い続けたけれどね」

7:手足のホールドは常に変化する

至る所で岩と水が待ち受ける

至る所で岩と水が待ち受ける

© Sawanobori: North Face

ピアソンは、滝のクライミングのテクニカルな特徴は、岩のタイプやそこに積もっている土や苔の量によって大きく変化するとしている。
「ただ濡れているだけの岩なら、通常のクライミングと難しさは変わらないから、通常のクライミングシューズで登れる」
「でも、岩が濡れた苔やぬるぬるとした有機物で覆われているなら、フェルトをソールに貼った沢登り用シューズやグローブを使う必要が出てくる。普通のラバーだと、ローラースケートのように滑りまくってしまう」
沢登りでは、集中力を保ちつつ、次に手足を置く場所のグリップを確保する必要がある。

8:沢登りを目的とした過度なトレーニングは不要

沢登りは経験豊富なクライマーにうってつけのチャレンジ

沢登りは経験豊富なクライマーにうってつけのチャレンジ

© Sawanobori: North Face

「沢登りに必要なフィジカルのレベルは比較的低い」とピアソンは打ち明ける。
「乾いた岩なら、登るのは本当に簡単だ。でも、沢登りを難しくしていると同時に楽しくしているのは、クライミング以外の部分なんだ」
「もちろん、登攀を完遂するのに充分なフィジカルの強さとスキルは必要だけど、それと同時に信頼できるプロテクションを設置する能力も必要になる」
「プロテクションを設置するポイントを決めていくんだ。他にも色々なことを自分でコントロールしていかなければならないし、頭上から降り注ぐ水にも対応しなければならない」

9:日本以外で沢登りの練習は困難

沢登りでは比類のない絶景と音が堪能できる

沢登りでは比類のない絶景と音が堪能できる

© Sawanobori: North Face

沢登りを可能にしているのは、日本の岩質だ — 日本はヨーロッパよりも、大きな塊の火山性岩が多い。ヨーロッパは滝が岩を浸食するため、岩の表面がかなり滑らかになっており、登攀がほぼ不可能だ。
英国で沢登りに近い体験をするには、ピアソンはギル・スクランブリング(“ギル / ghyll” は英国の方言で峡谷の意)を薦めている。
「ギル・スクランブリングでは低山を流れる沢をクライミングするし、今回の旅の序盤で体験したイージーな沢登りとほとんど変わりはない」
「英国なら、ちょっとハードなギル・スクランブリングを体験できる。基本的には、川に沿って上流に向かっている限り、“沢登り” だ」

10:沢登りはチームスポーツ

ピアソンはチーム一丸となって日本各地の滝を制した

ピアソンはチーム一丸となって日本各地の滝を制した

© Sawanobori: North Face

「クライミングは自己中心的なスポーツだから、チームスポーツ的な側面が足りないと常々思っているんだ」とピアソンは語る。
「クライミングでは、自分と自分の行動だけがものを言う。ビレイヤーが帯同していても、それが友人だったとしても、彼らの心は自分のクライミングとそこまで強くシンクロしていない。良い登攀をしたあと、パブで1杯やって1日を終えたいだけなんだ」
「ところが、沢登りでは、グループで滝を登る。みんなで協力するのは楽しい。トリッキーなステップがあったら、友人に肩を貸してホールドにリーチしたり、みんなで川を横切るように並んで、流れを弱めたりするんだ」

11:日本文化への理解を深める

古来の日本では、沢登りは生活の一部だった

古来の日本では、沢登りは生活の一部だった

© Sawanobori: North Face

「日本はまだ多くの自然が残る素晴らしい国だ。今回のようなユニークな旅を体験しなければこの国の良さを理解したとは言えない」とピアソンは語る。
「日本人は、僕たちヨーロッパ人が思いつかないほどユニークな方法で問題に対処している」と彼は付け加え、さらに続ける。
「それが日本人らしさであり、沢登りにもそれが反映されている。日本人は僕たちとは違う視点から自然を見ている。彼らは『なぜ滝の流れに従わなければならないのだろう? 登ることもできるはずじゃないか?』と考えるんだ」

12:沢登りの達成感

今回の旅で最大級の滝のひとつを制したチームの面々

今回の旅で最大級の滝のひとつを制したチームの面々

© Sawanobori: North Face

「日本なら沢登りガイドを見つけられるはずだし、アウトドア専門店の一部には沢登り用品を集めたコーナーもある」とピアソンは語る。
「とはいえ、沢登りはクライミングの中ではかなりニッチなジャンルだ。日本では、インドアクライミングが盛んなんだ。2020年東京オリンピックの正式競技に選ばれたのもその理由のひとつだけど、クライミングウォールは東京だけでも約200ある」
「でも、チャンスがあるなら、沢登りを体験して、どんなものなのか知ってほしいね。それだけの価値はあるはずだ」
「今回の旅は楽しいものになるだろうと思っていたし、道中で出会うものに対してオープンな姿勢を保つようにしていた」
「予測できないものに対して心を開くことで、奇跡と言えるくらい素晴らしい体験ができた。これまでの人生の中で最高の旅になったよ」
今回の壮大なアドベンチャーを追ったThe North Faceの映像をチェック!