A$AP Rocky grabs the mic during A$AP Mob's Red Bull Sound Select: 30 Days In LA set.
© Misha Vladimirskiy/Red Bull Sound Select/Red Bull Content Pool
ミュージック

クラウドラップを整理する

読経のようなスローラップと白昼夢のような奇妙なサンプルを組み合わせ、インターネットを活動拠点に一世を風靡したヒップホップのサブジャンルを簡単に振り返る。
Written by Eddy Lawrence
読み終わるまで:8分Published on
世界中のファンから注目を集めているA$AP Rockyのサードアルバムは、T-PainChief KeefDRUMとのコラボレーションをフィーチャーしたジャンル横断型エクスペリメンタルアルバムになることが予想されている。
つまり、このアルバムは彼のルーツ、チルウェーブ、トラップ、エモラップの要素を組み合わせて熱に浮かされたようなぼやけたサウンドを生み出していたヒップホップ史上最もクレイジーなサブジャンル "クラウドラップ" とは、全く違う内容になるのだ。
ヒップホップ史上最も影響力が強く、最も雑多なサブジャンルのひとつに数えられるクラウドラップは、ナード、ギャングスタ、引きこもり、パーティピープル、ポップスターなどを予想外の形で結びつけ、A$AP RockyLil BClams Casinoなどをメインストリームに押し上げた。
音楽評論家とブロガーによって生み出され、彼らによって持ち上げられたジャンルでもあったクラウドラップは、リアル志向のラッパーたちからは忌避されていたが、それでもこのジャンルの勢いは止まらず、近年のヒップホップシーンの中に充満していった。
今回は、クラウドラップがどのように生まれ、どのように終わったのかを解説していく。
The Roland TR-808 Rhythm Composer is a drum machine central to the cloud rap sound.

Roland TR-808

© John Smisson

サウンドの特徴

クラウドラップは2000年代後半にサザンヒップホップ、具体的に言えば、コデイン服用時のように間延びした読経のようなラップにRoland TR-808への崇拝を組み合わせた、アトランタ、ヒューストン、メンフィスのトラップの亜種として産声を上げた。
スローで粘着性のあるフロウがトラップ特有の32分のスネアやロングディケイのキックと組み合わされ、輪郭のぼやけたサイケデリックなサンプルコラージュがその上に加えられていたそのサウンドは、「聴く」というよりも「取り憑かれる」に近い感覚をリスナーに与えていた。

クラウドラップのルーツ

クラウドラップは「奇天烈サンプル愛護団体」のようなもので、J-Popビデオゲームアニメのサウンドトラックなどが普通に使われている。
また、伝統的なヒップホップサンプルソースの対極に位置していると言えるニューエイジやアンビエントもサンプルソースとして重用されており、Friendzoneのクラシックトラック「RETAILXTAL」は、Aphex Twinの『Selected Ambient Works Vol.1』をサンプリングしている。
しかし、クラウドラップのプロデューサーたちは “無” から音楽を生み出すことを好んでいた。Clams Casinoは「テクスチャやサウンドデザインに惹かれる。ヒスノイズばかりのカセットテープやフィールドレコーディング、日常生活のノイズみたいなサウンドが好きなんだ」と発言している。
また、これらのサンプルは、Clams Casinoの「All Nite」の鳥(サヨナキドリ)のサンプルが証明したように、高額の使用許諾料を支払う必要もなかった。
Cloud rap producer Clams Casino sampled nightingales on his classic track All Nite.

サヨナキドリの鳴き声をサンプリングしたClams Casino

© John Smisson

リリックの特徴

糖蜜のようなフロウのクラウドラップでは、ヴォーカル力が問われることはほとんどなかった。
リリックの内容は、一般的なセックス&ドラッグ(A$SP Rockyはこのテーマをさらに押し出していた)から、スウェーデン人アーティストのYung Leanが「Lightsaber / Saviour」で打ち出していた孤独と憂鬱( “Sad boys they be shining, shining / Focus on whining, whining” :哀れな奴らが輝くのさ / 泣き言を言い続けろ)まで様々だった。
このような陰鬱さを相殺するために頻繁に使用されていたのが女性ヴォーカルのサンプルだった。告白的な歌詞が特徴的な英国人シンガーソングライターImogen Heapは、Didoよりはるかにヒップホップ感が薄いが、A$AP RockyDemons」や、Lil Bをはじめとする数多くのアーティストのトラックでサンプリングされた。
また、比較的地味なトラックだが、Main Attrakionzも「Illest Alive」でBjörkBatchelorette」をサンプリングしている。

人気獲得の背景

ヒップホップサウンドの多くはアーティストたちを取り巻く環境の産物で、アーティストたちが出会い、インスピレーションをシェアし、コラボレーションや相互批判をする場所、 “ホーム” が感じられる。
しかし、クラウドラップは全く違う出自を持つ。このジャンルのホームはSoundCloudで、プロデューサーやラッパーたちはメールでトラックやサンプルの交換をしていた。
銃撃戦や高級ブランド品を盛り込む必要がなかったSoundCloudは、アンダーグラウンドヒップホップの培養器としてYouTubeよりも高い人気を得るようになり、Lil TracyLil Peep(RIP)、Goth Boi Cliqueなど、インターネット上にエモラップアーティストを生み出した。
クラウドラップという言葉が初めて使われたのは、Walker 'Walkmasterflex' Chamblissが2010年に投稿したブログだった。
このブログでは、雲の上に浮く城を描いたCGI画像を使って「自分が作りたいのはこういう音楽なんだ」と発言していたLil Bのインタビューを引き合いに出しながら、Main AttrakionzSquadda B」が「ザ・キング・オブ・クラウドラップ」と紹介されていた。
Lil B imagined his sound as like a castle floating on a cloud – but was dismayed that this inspired the name for cloud rap.

クラウドラップのイメージ

© John Smisson

トップアーティスト

ブロガーや音楽ライターたちはClams Casino、Lil B、A$AP Rocky、A$AP Mob、Yung Lean、Main Attrakionzなどをひとまとめにする言葉としてクラウドラップを好んで使用した。
クラウドラップ初のマスターピースはLil BI’m God」だった。このトラックはクラウドラップの信条兼キャッチフレーズで「自分に正直でいること」を意味する言葉、 “based” を世間に紹介した。
しかし、メインストリームからの注目を初めて獲得したトラックはA$AP RockyPeso」だった。
ミックステープ『Live.Love.A$AP』の中心に据えられていたこのトラックは、A$AP Rockyがまだどのレーベルとも契約していないアーティストだったにも関わらず、大きな影響力を持つヒップホップ専門ラジオ局Hot97がプッシュしたことでヒットとなった。
経済的な意味でA$AP Rockyの対極に位置しているトップアーティストが、SoundCloud原理主義アーティストのBonesで、彼はレーベルとの契約や自分のトラックの販売を頑なに拒否する姿勢で数多くのファンを獲得した。
A$AP Rocky's Live.Love.A$AP mixtape was a pivotal moment in cloud rap's development.

A$AP Rockyは『Live.Love.A$AP』でブレイク

© John Smisson

クラウドラップに影響を受けたアーティスト

ジャンルを問わず、自分たちの活動を限定する単語はトップアーティストたちから軽蔑される可能性が高い。しかし、クラウドラップは、アンダーグラウンドヒップホップの最深部にいるアーティストからメインストリームの象牙の塔の最上階に住むアーティストまで、幅広く影響を与えた。
RihannaBeyoncéThe Weekndなどがクラウドラップに影響を受けたトラックを発表し、RiRiにいたっては、Friendzoneがプロデュースを担当したA$AP RockyFashion Killa」のミュージックビデオに出演している。
また、Mac Millerもセカンドアルバム『Watching Movies With The Sound Off』でクラウドラップを積極的に取り入れ、SZAMiguelのようなR&Bのスターたちも新世代ネオソウルにクラウドラップのサウンドを組み込んだ。その一方、XXXTentacionLil PumpSmokepurpは悩みやノイズを打ち出したサウンドでクラウドラップのルーツを維持している。

その後

クラウドラップからより大きなシーンへと羽ばたいていったのはA$AP Rockyだけではない。Raider KlanのメンバーXavier WulfSkeptaと組むことで幅広い音楽ファンに衝撃をもたらしており、同じくRaider KlanのリードラッパーSpaceGhostPurrpもクラウドラップからフォンク(Phonk)と呼ばれるオリジナルジャンルを生み出し、Lil Uzi Vertを世に送り出した。
また、Danny Brownが「ヒップホップのDavid Bowie」と評価しているLil Bもいる。彼のスローなフロウはFutureやKanye Westの寵児Desiignerなどに影響を与えている。また、クロスドレスを好む彼はヒップホップファッションにも影響を与えており、Young Thugなどが彼のセンスを真似ている。
Lil Bは、初めて手掛けたアンビエントアルバム『Choices and Flowers』を全米ニューエイジチャートのトップ10(6位)に送り込んだ実績も持つ(尚、Lil Bは2009年からこれまでに50作品をリリースしている)。
Danny Brown called Lil B the "David Bowie of hip-hop".

Lil BはヒップホップのDavid Bowieなのか?

© John Smisson