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スケートボード

愛知発・世界行き! 織田夢海というスケーターの魅力

2024年のストリート競技で最注目のスケーター、織田夢海についてあなたはどれだけ知っていますか!? ここでは、オダ・ユメカについて覚えておきたい基礎情報、強さのヒミツ、意外と知らないトリビアをインタビューで紐解く!
Written by Yuuki Toya / Edited by Hisanori Kato
読み終わるまで:11分公開日:
🛹 織田夢海のプロフィールは【こちら
🖊️ 書き手:戸谷祐貴。愛知県県出身の1995年8月生まれ。スケートボードが大好きなライター。2015年にムラサキスポーツでバイトしていた時に当時8歳の夢海ちゃんと出会う。
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01

ナント、小学年3年生でスケート教室の先生!?

ー夢海ちゃんとは今から7年前に名古屋のムラサキスポーツ(以下:ムラスポ)のスケート教室で一緒だったよね。当時はまだ小学生だったけど、その頃から才能を開花させていたと思うんだ。
織田夢海(以下:夢海) そうですか? ありがとうございます。
ーだって、初めは生徒としてスケート教室に入ってきたのにすぐに先生側の立場になってスケートを教えてたじゃん! 覚えてる?
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夢海 覚えてます。めちゃ懐かしいです! あの頃はまだ小学生だったのでオーリーとキックフリップしかできなかったですけど……。
ーそのキックフリップが今となっては夢海ちゃんの代名詞なわけだけど、その時からメイク率も完成度もずば抜けていたよね。
夢海 いや、全然そんなことないですよ。
ーそういえば、スケートを始めたキッカケってなんだったの?
夢海 7歳の頃にスノーボードのオフトレとして親戚の叔父さんから勧められてやってみたらすごく楽しくて。
ー最初はオフトレだったんだ。
夢海 バンクを降りるだけでも楽しかったし、恐怖心とかは全然なくて夢中でスケボーをしてました。それで家の近くのムラスポでスケボーのデッキとかウィールとかツールを買ってたんです。
ーなるほどね。そこでスケートのスクールが開催されてることを知って参加したって流れなんだね。
夢海 そうですね。
ー確か、当時先生をしていたスタッフから「先生やらない?」って言われてやってみたんだよね。
夢海 何歳だったか忘れちゃったんですけど、小学校高学年でオーリーとキックフリップは出来ていたので、定期的に参加して練習中の生徒たちにオーリーを教えてました。
ー小学生であそこまで上手い子はあまり見たことなかったよ。どうやって技を磨いてたの?
夢海 スクールの先生とか歳上の友達に教えてもらって、さらに自分でたくさん練習したりSNSのHow To動画で研究して、何回も何回も挑戦していた記憶があります。
ーストイックに練習を続けていたんだね。そういえば、夢海ちゃんが小学生だった当時、俺にも「もっとこうした方がいい!」って教えてくれたよね。11歳も年上なのに夢海ちゃんに教えてもらう立場に変わってたもん…。気がついたら立場が逆転してた(汗)。
夢海 そうでしたか? 覚えてないです…(笑)。
ー当時からプロになろうとか考えてたの?
夢海 全く考えてなかったです。普通に遊びとしてやっていたので、このときはまだ、自分が世界大会に出場したり優勝するなんて夢にも思ってませんでしたよ!
02

キックフリップを武器にさまざまな大会へ出場!

ー今の夢海ちゃんのトリックって、キックフリップから派生した技が多いよね。そもそも、なんでキックフリップを極めようと思ったの?
夢海 名古屋には若宮スケートパーク(※)っていう有名なスポットがあるじゃないですか!? そこへ通い始めた頃に初めてキックフリップを見て「すごい!」って感動しちゃって。
  • (※)名古屋市中区の若宮大通公園内にあるスケートパーク。
―それは有名なスケーター?
夢海 誰かは覚えてないんですね。とにかく、「なんてかっこいい技なんだ」って衝撃的で。
―若宮スケートパークには上手いスケーターがたくさんいるもんね。
夢海 はい! スキルの高さだけでなくスタイルのあるスケーターもたくさんいるのでいつも刺激をもらっています。
ーそうそう、ひとつエピソードを思い出した。地元のショッピングモール内のスケート体験イベントがあって、当時まだ小学校5~6年生くらいの夢海ちゃんが、お客さんの前でキックフリップをメイクして会場を沸かせてたよね。覚えてる?
夢海 そうでしたっけ?
ー現場にいたんだけど、スケーターはもちろん、スケートを知らないお客さんやそのお子さんまで食いつくように見ていた記憶があるな。この時は体験イベントだったけど、スケートの大会にも出てたりしたの?
夢海 名古屋で開催されてるローカル大会に参加し始めました。
ー最初の頃から勝ち負けとかは気にしていたの?
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夢海 まったく(笑)! ストリートとかランプとかの種類も何も分かってなかったんですよ。そんな状態でたくさん出場していたんですけど、徐々にいろんな大会があることを知って、出てみたいって思い始めたのが始まりです。
ー2019年になると国内外の大会により積極的にトライし始めてたよね。
夢海 国内だと、AJSA プロツアー開幕戦に出場して3位入賞出来たりもしました。その頃から国際的な大会のSLSにも出場し始めたんですけど、まだ入賞することはで来ませんでした。
ー国内では結果を出せるようになってきたけど、まだまだ世界の壁は高いって感じだったんだね。それこそ、SLSなんて世界トップレベルのスケーターが集結する最高峰のコンテストだもんね!
夢海 壁、高かったですね(苦笑)。
ー海外でも活躍できるアスリートになるために環境を変えたり新しくチャレンジしたことってある?
夢海 この頃までは地元のパークで滑ることが多かったんですけど、いろんな場所のパークに行ってみたり、レベルの高いスケーターの人たちと一緒に滑って世界レベルの技を教えてもらったりし始めたんです。
ーきっと、それがスキルアップに繋がったんだろうね。
夢海 だと思います。その経験の中でキックフリップF/Sフィーブルグラインド(※)をメイク出来るようになって今の私の得意技にすることが出来ましたから。
  • (※)キックフリップでセクションに入り、テールをセクションに掛けてノーズをセクションの反対方向に下げた形でグラインドするトリック。
―2020から2021年というと、あの世界情勢でみんなが大変な時期だったわけだけど、夢海ちゃんはしっかり前を向いて高みを目指してたんだね。
夢海 メイク率だったりクオリティを上げることに専念してました。その結果、翌年の国際大会に最高のコンディションで臨めました。
03

2022年からコンペティターとしての存在感が大爆ハツ!

ー夢海ちゃんにとって、ターニングポイントになった時期って2022年なのかなって思うんだけどどうだろう?
夢海 そうですね。ひとつのターニングポイントは2022年のSLS チャンピオンシップツアー 第1戦 ジャクソンビルです。この大会は、さっき話した得意技のキックフリップF/Sフィーブルグラインドが世界に認められて自分のイメージを残せたタイミングでした。
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ーその大会で2位になれたんだよね。2019年にはまだ入賞することが叶わなかったけど、スキルを磨くことで国際大会でも入賞できる所まで上り詰めたんだね。
夢海 それともう一つ、その翌年のワールド・スケートボーディングツアー・ローマ・ストリート2023もターニングポイントになっているんじゃないかなって思っています。
ーそれはどうして?
夢海 その大会が終わった後に、今後どういうふうに取り組んでいこうかって話をコーチとしていました。ランニングをしてフィジカル強化を図ったり、こういう技を身につけるとか、優勝までの筋道をきちんと立てたんです。
そうして2023年12月に開催されたワールドスケートボード東京 2023を目先の目標にしてスケジュールを組んで挑みました。
ーなるほど。
夢海 世界に出た2022年のSLS チャンピオンシップツアー 第1戦 ジャクソンビル。そして考え方が変わるキッカケになったローマの大会。からのスイスで開催されたワールド・スケートボーディングツアー・ローザンヌ・ストリートって続いて、最後に12月に東京で開催されたワールドスケートボード東京 2023で世界チャンピオンになれたんです。
ーそんな流れがあったんだね。2019年から国際大会に出場するも、なかなか表彰台には立ててなかった。けど戦略を立ててトレーニングをして臨んだ結果、本当に優勝することができたんだね! まさに積み重ねて来たものが結果として現れたタイミングだったんだ。
夢海 やっと表彰台に立つことが出来ました。ここで自信もつきましたし、年々メンタルも強くなったかなって思います。
  
ーちょうどワールドスケートボード東京 2023も見に行ってたんだけど、確かに堂々としていた印象だな。あれだけの大舞台で物応じせずに戦えるってすごいよ!
夢海 あっ、来てくれてたんですね!
ー世界の頂点を極めたことで生活の変化ったあった?
夢海 う~ん、インスタグラムのフォロワーがグッと増えたことですかね。
ー確かに、気がついたらフォロワーが4万人まで増えててビックリした。
夢海 ちょうど2022年のSLS チャンピオンシップツアー 第1戦 ジャクソンビルに出場したあたりから、フォローしてくれる人が増えたんです。
ーじゃあ、そういったフォロワーって面から見ても、世界から認められたタイミングって2022年ごろだったのかもね。
夢海 そうですね。
ーちなみに、練習がキツいとかネガティブな感情がなかったの?
夢海 スイスくらいからスケートが本当に楽しくて。人生の中で今が一番楽しいかもしれないです。それくらい恐怖心もなくて色々前向きに挑戦できたんですよ。今は大会も緊張するっていうよりかは、楽しめてる状況です。
04

レッドブルでの出会いと学び、そしてこれからの夢!

ー今の夢海ちゃんが目指す大会は何になる?
夢海 ワールドスケートボード東京 2023で優勝することが出来たけど、SLSとかX GAMESとかまだ取ったことがないトロフィーやメダルがたくさんあります。なので、一番いい色のメダルがとれるように頑張りたいと思っています。
ーワールドスケートボード東京 2023を見て感じたんだけど、女子スケーターのレベルも昔と比べるとどんどんあがってきているように感じるよね。
夢海 今は女子でも板を回して入ることが当たり前になってきたので、数年前まで得意技にしていたキックフリップF/Sボードスライド(※)とかは、もうベストトリックじゃなくてランに入れないと優勝は狙えないかなと思っています。
  • (※)キックフリップでセクションに入り、デッキの中心でセクションをスライドする技
ーそれに下の世代も追随してくるだろうし。
夢海 だからこそコーチと戦略を立ててスキルやフィジカルを強化することの必要性を実感しました。
—今習得しようとしているトリックは何?
夢海 まだ秘密です。楽しみにしていてください!
ー2023年にはレッドブルのアスリートになったよね。入ってみてどうだった?
夢海 さすがレッドブル・アスリートだなって思う部分がたくさんあるんです。
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ー具体的にはどんなところ?
夢海 みんな凄いんですけど、中でもザイオン・ライトはパワーあってすごいですし、フェリペ・グスタヴォは回し技がうまいんです。それに、みんなストリートの難しいレールとかでも気にせずに入っていくんですよ!
ー見ていてかっこいいよね。
夢海 私もその姿勢とかを見習って、自分もレッドブル・アスリートだなって思われるようなスケーターになるように頑張りたいって思っています。
ー映像で見るのとリアルでみるのとでは全然違うよね。ちなみに、レッドブルの企画でやってみたいことはある?
夢海 それこそ、Red Bull Drop In Japan Tourですかね。大会も大事だけど、レッドブル・アスリートのみんなと交流することで刺激を受けたり得られることもたくさんあると感じたので、交流する機会があればまた参加したいなって思っています。
Red Bull Drop In Tour Logo

Red Bull Drop In Tour Logo

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ー夢海ちゃんがディレクションして、地元名古屋のツアーとかみてみたい。
夢海 今は自分のフッテージを残すことよりも、大会の表彰台に立って優勝することが一番の目標。まずは2024年に活躍して結果を残すこと! その夢が叶ったら頑張りますね!
ーレペゼン名古屋のスケーターとして今後の活躍も期待してます!
  
  
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