PAN:所属アーティストが選ぶ名盤

© Neville Sukhia/Red Bull Content Pool
Written by Daniel Dylan Wray
現代のエレクトロニック・ミュージックで最も冒険的&挑戦的なレーベルのひとつに所属するアーティスト5人が、愛聴しているバックカタログを紹介する。
2008年にBill Kouligasが立ち上げたレーベルPANは、近年のエレクトロニック&エクスペリエンタル・ミュージックの中で最も革新的で最も予想外なレコードのリリースを一定のペースで続けてきた。
その結果、ベルリンに拠点を置くこのレーベルは誰もが羨む希有なステータスを獲得しており、「クオリティ」や「一貫性」という言葉とイコールで扱われている。
2018年はこのレーベルのハイライトイヤーのひとつで、ObjektPuce MaryEartheaterAmnesia Scannerなどが、Lee GamblePan DaijingHELMKeith Fullerton WhitmanOren AmbarchJames Hossなどを抱える優れたバックカタログに自分たちの名前を加えている。
今回は、PANでリリースした経験を持つ5人のアーティストに、レーベルメイトの作品の中で気に入っているものをピックアップしてもらった。Spotifyで聴いてみよう。

Eartheater『IRISIRI』(2018年)

選出者:Heatsick
数年前にEartheaterのライブを観たが、その境界線のなさっぷりに衝撃を受けた。映画『Vamp / ヴァンプ』のGrace Jonesが踊っているシーンを思い出したよ。
彼女はうしろにのけぞりながらBC Richのギターをかき鳴らし、客席の方へ向かって体をくねらせながらその間を縫うように動き回り、ゆっくりと溶けていくようなシンセコードに合わせて歌っていた。
彼女はプロダンサーとしても活動しているんだろうと思った。あの時のパフォーマンスは僕の目に焼き付いている。
Eartheater
Eartheater
全速全開でファンタジーの世界に突っ込んでいくパワーに感心した。簡単にまとめて表現しなければならないなら、Cradle of FilthとKate Bushの中間のような音楽だHeatsick
彼女のニューアルバム『IRISIRI』を聴いた時も、あのパフォーマンスを見た時のように、全速全開でファンタジーの世界に突っ込んでいくパワーに感心した。簡単にまとめて表現しなければならないなら、Cradle of FilthとKate Bushの中間のような音楽だ
Eartheaterは、リスナーが身を置ける完全な別世界を作り出せる。僕はそこが気に入っている。自分の存在を問われるのではなく、認めてもらえる 世界だ。
彼女のサウンドは、それぞれがどこかで出会うことになる奇妙な世界の集合体だ。出会うと言っても、ぶつかるのではなく、それぞれにルールがあり、お互いを尊重して道を譲り合うイメージだ。聴いていると「ウサギの穴」に落ちていくような感覚を得るが、真っ逆さまではなく、ウォータースライダーで滑り落ちていく感じだ。
Heatsick:PANディスコグラフィー
Intersex』(2011年) / 『Déviation』EP(2012年) / 『RE-Engineering』(2013年)

Afrikan Sciences『Circuitous』(2014年)

選出者:ADR
このレコードは年周期で僕のローテーションに入ってくる。その理由のひとつは、エレクトロニック・ミュージックのトレンドや常套手段から遠く離れているように感じているからだ。
PANと関係が深いMat Dryhurstから2012年にAfrikan Sciencesの存在を教えてもらった。彼のドラムマシンプログラミングのポリリズミックなアプローチには驚かされた。ドラムマシンを正しく機能させないアプローチを取っている。少し無理をさせることで想定外の動作をさせているんだ
Circuitous』はこのアプローチが軸に置かれている。拍が取れなくなるようなグルーヴで、刺激が脳と体を往復する。インターロックしている複数のリズムパターンを用意して、あえてひとつのフロウにまとめていかないトラックもある。
理解したと感じた瞬間にカウンターナラティブが用意される。それまでに積み上がっていたリスナーのフィーリングを、不可能と思えるほどルーズなパーカッションサウンドで構成が崩されたビートを使って消し去っていく。こうやって生み出される様々な摩擦が彼の音楽を前進させる。
ハーモニーとメロディに関しては、Afrikan SciencesことEric Porterはジャズをストーリーテリングに使用していて、美しい内声のリードと掴みどころのない反復で、緊張感を伴う未知の感覚を生み出していく。
コードが協和音になることはなく、メロディはスケール内をふらふらと上下する。Rhodes、マレット系、ダブルベースなどの聴き慣れた楽器は、リバーブの雲海の中へ消えていく。音楽が安定することはなく、リスナーの期待に応えることもない。
アルバム全体が、不安定に揺れ動く精緻なミックスで構成されていて、ひとつの枠に収めることはできないように思える。2014年の作品には到底思えないし、1994年の作品にも2034年の作品にも思える。このような時間感覚を狂わせるサウンドが僕を大いに興奮させる
ADR:PANディスコグラフィー
Deceptionista』(2015年) / 『Throat』(2016年)
Objekt
Objekt

Objekt『Flatland』(2014年)

選出者:Eartheater
元々、この原稿は手書きだった。コンピューターは修理中で、スマートフォンのYouTubeで『Flatland』をプレイしていたから。
このアルバムはパーフェクト過ぎると言っていいわ。YouTubeのコメント欄にも「このレコードで字が上手く書けるようになった」って書いてあるくらいだし。
日記を書いているような感覚になってきたから、勢いに任せて書くことにするけど、Objektはわたしのお気に入りのプロデューサーで、周りの多くが同じことを言っている。わたしは基本的にあまり光が当たっていないトピックを取り上げるタイプなんだけど、わたしの『Flatland』愛はわたしの判官贔屓を超越しているわね
わたしをPANに導いてくれたのはObjektの音楽だったから、PAN所属アーティストとしてこの原稿を書いているのは不思議な気持ちがする。わたしから見れば彼はビッグスターなの。
このアルバムで気に入っているのは、Objektの思い入れの回避の仕方よ。このアルバムに収録されているトラックの大半は一直線だから、このアルバムの印象的なフレーズに思い入れを持つのは不可能なの。素敵と思っても、別のフレーズが入ってきて見事に邪魔されるのよ。
素敵だと思ったサウンドがもう一度戻ってくることは期待できない。たとえそのサウンドがリスナーに好まれることを知っていても、彼はそれを拒否する
使用している全てのサウンドを意図的に全て残しているトラックは「Interlude (Whodunnit?)」で、このトラックは、「First Witness」と「Second Witness」の間に挟まれている。
わたしは、この3トラックのタイトルが生み出すちょっとしたナラティブに夢中なの(編注:“whodunnit” は「誰がやった?」から転じて推理小説を意味する。“witness” は目撃者を意味する)。連想型リリシストとして、犯罪科学的な表現を無視して言わせてもらえれば、この2つの視点は、ひとつの状況を2つの異なる視点から捉えている。
この2トラックは、共有しているひとつの状況を2つの異なるムードと視点から表現しているの。両トラックが犯人なのよ。悪魔はディテールに宿るというなら、『Flatland』は砂糖漬けの地獄ってところね。
Eartheater:PANディスコグラフィー
IRISIRI』(2018年)
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Errorsmith『Superlative Fatigue』(2017年)

選出者:Mark Fell
Superlative Fatigue』は本当に素晴らしいアルバムで、Errorsmithは彼の世代の中で最も重要なプロデューサーのひとりだと思う。
2015年に『Protogravity』EPでコラボレーションをしたんだが、制作中に彼から「集中したいから黙ってくれ」と言われたことを覚えている。私は冗談を言ってふざけた態度を取っていたんだ。私が制作を進める上でこれらは欠かせない要素なんだが、私は彼のそういう態度に感心した。
『Superlative Fatigue』については色々言いたいことがあるが、Errorsmithの初期作品との関係性から見ていこう。
1999年にリリースされた『Errorsmith 1』、2002年にリリースされた『Errorsmith 2』、2004年にリリースされた『Near Disco Dawn - Live Recordings 2001-2003』を聴き直してみると、彼のユニークなアプローチが進化したことが明確に理解できる。
この頃はパーカッシブなパターンがベースになっているトラックが多く、クラブカルチャーの範囲内に収まっているが、全体的に不安定で予想がしにくい。使われているサウンド自体もそうで、一般的なテクノサウンドの遠い親戚のようだ。
この時期を通じて、Erik(Wiegand)は、パーカションの音声合成モデルを複数生み出した。これらが彼の作品群に非常に特徴的な個性を与えたが、同時にサウンドのダイナミックな変化の可能性を飛躍的に高めることになった。
彼はサンプルベースでは不可能なサウンドプロセスやパラメータ変化を可能にした。もちろん、サンプルでもその多くは可能だが、音声合成モデルを使った制作はサンプルベースの制作とはかなり違う。写真ではなく絵の具を使うというところだ。
そのような初期作品群と比べると、『Superlative Fatigue』は方向転換した作品に思える。シーケンスパターンはどこか落ち着いている印象で、ダンスホールやソカのようなより分かりやすいダンスミュージックジャンルのフォーマットに寄り添っている。
使用しているサウンドの数も増えていて、3~4個が同時に鳴っている。しかも、パーカッシブなサウンドだけに限定されていない。しかし、これは突然の方向転換ではなくて、単純なジャンプだと思う。なぜなら、作品に13年のギャップがあったからだ。
『Near Disco Dawn - Live Recordings 2001-2003』から『Superlative Fatigue』までの13年間、ErrorsmithはDJとして必死に働いていた。そこで学んだことがこの最新作には明確に反映されている。
Erikはクラブのサウンドシステムとその空間のダイナミクスを理解しており、そこで自分がオーディエンスに何を提供できるのかも理解している。つまり、ゴムをどこまで伸ばせるかを理解しているということだ。彼はオーディエンスを引きつけつつ、自分のサウンドを限界まで引き伸ばしている
彼のトラックのアップダウンは、ブレイクやビルドアップだけで生み出されているわけではない。音声合成したヴォーカルだけで展開したり、トラック内にアシンメトリーな亀裂を何個も配置したり、通常ならトラックから外すはずの奇妙なサウンドをあえて残したりしている。これらのアイディアを正しく機能させるのは至難の業だ。
最後になるが、このアルバムのプロダクションクオリティは圧倒的だ。サウンドのクリアさとそれらの丹念な組み合わせ方は天才的だ。ノイズやディストーション、エフェクトやリバーブにサウンドを浸すという簡単な手法を彼は選択しない。また、彼は自分が扱っているサウンドの問題を顕微鏡レベルで検知して、ある種のソニック・マイクロサージェリーを行う能力を備えている。
Errorsmithはそのような能力を備えているプロフェッショナルなエレクトロニック・ミュージシャンで、彼のような存在はこの世にひと握りしかいない。私に言わせれば、『Superlative Fatigue』は計り知れない偉業で、ダンスミュージックカルチャーへの重要な貢献だ。
Mark Fell:PANディスコグラフィー
Protogravity』EP(w/ Errorsmith 2015年)
Toxe
Toxe

Toxe『Blinks』EP(2018年)/ Vom Grill『Knerpen! (bevel)』(2015年)

選出者:Frieder Butzmann
ピュアとは何か? コントラストとは何か? 密度とは何か? 白と黒とは何か? 異なるパターンとは何か? この2枚のことだ
Toxeの『Blinks』EPは、何かを求めてゆっくりと動きながら響くホイッスルサウンドを備えたスムーズなエコーだ。かつて、女性の友人が「この世で唯一退屈に感じないものはセックス」と言っていたが、彼女は間違っていた。伝統的なコードパターンにも同じことが言える
この作品の喜びは、コードパターンにある。各トラックには、親しみやすいウィップするコード、エレガントなフェージング、予想の斜めを上を行くモジュレーション、ディレイ、いくつかの優れたノイズサウンドなどが備わっている。小さなサウンドを集めて作られた魔法の庭のようだ。小鳥たちの鳴き声のようなサウンドや、オノマトペ的なサウンドが詰まっている。
アントワープ出身のベテランノイズプロデューサーのDennis Tyfus(Vom Grill)は、アルバム『Knerpen! (bevel)』で自由奔放なサウンドを展開している。ヘッドフォンで聴いたあと、父親の補聴器のケーブルにも通してみた。こうすると高音のフィードバックノイズを生み出すのだが、実にパーフェクトだった。
このレコードは日常生活音で作られている。序盤の強烈なハムノイズ、デチューンされたベルサウンド、ピアノ、犬の鳴き声。そのあと、フィードバックループの歪みがリスナーの邪魔をしながら、ホイッスルのループ、ディープヴォイスのループへと繋がっていく。マルチトラックのヴォイスループは映画『2001年宇宙の旅』に使われたGyörgy Ligetiの合唱曲に似ている。
私はこの2枚が生み出すコントラストが気に入っている。
Frieder Butzmann:PANディスコグラフィー
Wie Zeit Fergeht』(2011年)