ブエルタ・ア・エスパーニャはグランツールとして知られる3つのステージレースの大トリだが、今年はヨーロッパが記録的な猛暑に見舞われたため厳しい高温コンディションになった。
サイクリストたちがどのように高温コンディションに耐えているのか不思議に思った人もいるはずだ。
灼けつくような日差しの中、最長5時間ペダリングを続けて数百キロを移動し、40℃を超える猛烈な暑さに晒されるというのは、最も経験豊富なプロサイクリストにも大きな負担になる。しかも1日ではない。3週間ほぼ毎日これが続くのだ。
大量の水分を失うこのようなコンディションでは、最後までライダーの安全を確保しつつ彼らのベストパフォーマンスを引き出すために、チームのサポートスタッフによるきめ細かで献身的な取り組みが求められる。
ブエルタ・ア・エスパーニャ2019に参戦したミッチェルトン・スコットとドゥクーニンク・クイックステップのチームスタッフに暑さ対策や水分補給ストラテジーを教えてもらった。
過酷なコンディションへ向けた準備
ライダーを準備万端の状態に調整することが、グランツールの厳しい要求に耐えられるヘルシーで水分量の多いボディを維持するためのカギになる。その調整はレーススタートのはるか前にスタートする。
ワールドツアー参戦チームのミッチェルトン・スコットでフィジオセラピストを務めるダン・ギレメットは次のように切り出す。
「ステージ前夜に天候をチェックしたあと、翌朝に再確認します。雲量などのファクターによって気温がやや変動する時があるからです」
ギレメットは “ホットウェザー・プロトコル” を統括しているが、このプロトコルはレースコンディションが一定の気温を超えた場合に適用される。
高温コンディションが予想される時は、ライダーに起床直後から水分補給をさせることが最優先される。
ドゥクーニンク・クイックステップの栄養士を務めるマーティン・レーデゲルトは次のように説明する。
「塩を加えたウォーターボトルをライダーに1本ずつ用意します。ベッド脇に置いて、ライダーが起床直後から飲めるようにしています。人間は寝ている間もわずかながら水分を失っているのです」
「朝に検尿を行い、ライダーの体内水分量を測定します。これをベースに午前中の水分補給ストラテジーを考えます。朝食は炭水化物と水分の摂取にフォーカスしていて、その量と内容はその日のステージの種類に合わせてアレンジします」
炭水化物・水分補給量を測定することの重要性についてギレメットは次のように付け加える。
ライダーたちが飲むエナジードリンクやカーボドリンクに細かく砕いた氷を混ぜて、スタート前から深部体温を下げています
「ライダーの尿から体内水分量をモニターしています。データは大量に蓄積されているので、各ライダーの標準値は把握できています。ですので、かなり細かく調整していきます」
「また、データを駆使して、計測値が推奨ゾーンに収まっていない時の対策も用意しています。対策しなければライダーの体内水分は2日で尽きてしまいます」
ステージ開始数時間前
高温ステージが予想される場合は、起床後の数時間で体内水分量を調整すると同時にライダーの深部体温も入念に管理していく。
ギレメットは次のように説明する。
「ホットウェザー・プロトコルを適用する日は、スタート前にライダーたちが飲むドリンクを “スラッシー(slushy)” にします。通常のエナジードリンクやカーボドリンクに細かく砕いた氷を混ぜてシェイクにするんです。このドリンクを飲めばスタート前に深部体温を下げることができます」
「また、タイツやソックスに氷を詰めた “アイスソックス” も使用します。ライダーのジャージの内側、首の後ろ(盆の窪)に置きます。ここは体温を下げるのに効果的なポイントなんです」
「かなりの高温が予想される日は、チームによってはウォームアップ時にアイスベストを使用します。通常、アイスベストはタイムトライアルで使用されます。氷水に浸けたタオルをライダーの肩や背中にかけ、そのタオルを1〜2分おきに交換しています」
ステージ開始
では、ステージ開始後のライダーたちはどのような暑さ対策を行なっているのだろうか? レーデゲルトが解説する。
「ステージ開始後の数時間はバナナやライスケーキ、オーツバーなど通常の補給食を摂ります。レース期間の3週間は甘い食べ物を好き勝手に摂取できないので、ライダーたちはこのような補給食を好んでいます」
「ステージが佳境に入ると、補給食を一般的なエナジーバーに切り替えます。終盤ではエナジーと炭水化物の補給用にエナジージェルも併用します」
レーデゲルトとギレメットは、高温コンディションではライダーたちにドリンクボトルや補給食を手渡すチームスタッフを沿道に配置することを強調している。
通常は最低でも1時間に1回はこのような補給が行われている。また、チームカーにはアイスボックスの中にドリンクが常備されており、ライダーが一旦集団から後退してチームカーから直接補給を受ける時もある。
ギレメットは次のように語る。
「気温がかなり上昇する日は、ミュゼット(補給食などを詰めてライダーに手渡されるバッグ)にもアイスソックスを入れています。1ステージで80〜90個のアイスソックスを用意する時もあります」
レーデゲルトは、必要な水分摂取量はライダーごとに異なるが少なくとも1時間で500mlボトル2本の水分摂取が基準で、ライダーは無線経由で常に水分補給をリマインドされているとしている。
レースに集中していて水分補給を忘れてしまうと壊滅的な結果に繋がるおそれがある。
「極めて高温のコンディションでは1ステージで8〜10ℓの水分がライダーの体内から失われてしまいます。ですので、ライダーに水分補給を続けさせて十分なボトルを補充することが重要なミッションになります」
ステージ後の補給とリカバリー
ステージがフィニッシュを迎えた直後から、チームは翌日のステージに向けたライダーの水分補給とリカバリーを手助けするための様々なプロセスを実施する。
フィジオセラピストが実施するステージ後の補給とリカバリーについてギレメットは次のように説明する。
「ステージ終了後は熱によるストレスの管理がより重要になります。アイスバスも使用しますし、凍結療法を活用したPhysiolabというシステムも用意しています」
「Physiolabは空気圧迫でフィットするスリーブをライダーの脚に装着します。内部は6〜12℃の間で温度を設定できる氷水で満たされているので、筋肉に蓄積された熱を逃がすのに役立ちます」
「このようなモバイルシステムがあればステージ終了後すぐにチームバス内でリカバリープロセスを開始できます。リカバリープロセスを速やかに進めることが非常に重要です。疲労は蓄積するので、すぐに進める必要があるのです」
スピードは栄養補給にも求められる。高温コンディションのステージを終えたライダーたちに必要な食事やドリンクについて、レーデゲルトは次のように説明する。
「フィニッシュラインを越えたらすぐに水分と糖分を補給するために適量の水と甘いドリンクを飲みます。チームバスに戻ったあとはリカバリーシェイクを飲みますが、このシェイクには砂糖やプロテイン、水が含まれています」
「これがリカバリープロセスの最初のステップです。この最初のステップをステージ終了から30分以内に終わらせるようにしています」
「そのあと、ライダーたちはチームバス内で軽食を摂りますが、ここでも塩を加えた水を飲みます。ホテルまでの移動やマッサージ、そして夕食まで水分補給を続けるように指示しています」
そしてまた翌日のステージに向けたルーティンがスタートする。