どのスポーツでも、アスリートは厳しいトレーニングで自分を成長させようとする。これは当たり前の話だ。努力の対価として、レース結果の向上、自己ベストの更新、イベントの勝利などを得られた時ほど嬉しいことはない。
問題は、厳しいトレーニングをこなしたいという熱い気持ちが、自分の能力の限界を超えて有害無益な大きな疲労をもたらしてしまう可能性があるということだ。
そこで今回は、英国ボート競技の代表選手育成プログラム(British Rowing Start Programme)でコーチを担当するダン・ハリスに、オーバートレーニングの兆候を見極める方法をいくつか教えてもらった。
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1. 心拍が不安定
「常に安静時の心拍数を基準値と比較しています」と切り出すハリスは、安静時の心拍数を計測するタイミングは歩行中だと説明している。
「朝に計測した心拍数が基準値よりも10以上高いアスリートは休息を取る必要があると判断して、すぐに家へ送り返します」
「7~8程度高いアスリートについては、強度と負荷を減らしたセッションを取り入れる可能性を考慮します。風邪をひいている、または疲れているアスリートは、1~2日のイージーセッションか完全オフに切り替えてもらいます」
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2. いつも通りのパフォーマンスが発揮できない
これは誰もが経験しているはずだ。数日、または数週間に渡り、いつも通りのパフォーマンスが発揮できずに悩むことがある。ハリスはこれをオーバートレーニングの明確なサインとして捉えている。
「オーバートレーニングに陥ってしまうと、通常のトレーニングセッションがきつく感じられます。そう感じるのが1日だけなら問題はありません。単純に前日のセッションで疲労しているだけだからです」
「ですが、低レベル、低負荷のトレーニングセッションをきつく感じる時は要注意です。高強度インターバルトレーニングのようなハードなトレーニングセッションなどによる純粋な肉体疲労ではなく、全体的に疲労していることを示しているからです」
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3. 疲労が取れにくい
ハリスは、疲労にはフィジカルとメンタルの2種類が存在し、オーバートレーニングになってしまうと両方を同時に感じてしまう可能性が高いとしている。
「メンタルの疲労は非常に大きな影響を与えます。トレーニングセッションに集中できなくなるのです。また、トレーニング後のフィジカルの痛みも通常より長くなるので、リカバリーに必要な時間も長くなり、結果的に疲労が取れにくくなってしまいます」
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4. 睡眠の質が低い / 眠れない
ハードにトレーニングをして疲労すれば簡単に眠れると思うかもしれないが、睡眠の質を意識することが重要だ。ハリスは次のように説明する。
「オーバートレーニング状態のアスリートは、夜になってから眠るのではなく、1日中寝ようとします。たとえば、不足分を補おうとして長時間の昼寝をして、最も重要な “夜の睡眠” の質を低下させてしまうのです」
「自然な睡眠サイクルに沿って眠れていないと、リカバリーに悪影響を与えてしまいます」
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5. 気分が優れない
プロアマを問わず、真剣にスポーツに取り組んでいる人なら、パフォーマンスが自分の気分やムードに大きな影響を与えることを知っているはずだ。
影響はプラスに働く時もあればマイナスに働く時もある。良いパフォーマンスをすればエンドルフィンが放出され、望んでいたパフォーマンスができなければ落ち込んでしまう。ハリスは次のように説明している。
「トレーニングに向けて気分が優れないなら、それは疲労が原因と言えるでしょう。ですが、単純に飽きを感じていて気分が乗っていない可能性もあります。具体的な原因は分からないが、気分が優れないというのがこれです」
「休んでリカバリーしたあとも気分が優れない日がしばらく続く可能性があることを憶えておきましょう。ですが、別に問題ありません。最終的にはトレーニングしたいと思うようになるはずです」
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6. 怪我が続いている
全アスリートに共通していることがひとつある。それは、肉体を限界、またはそれ以上までプッシュすることによって生まれる痛みだ。
これは必ずしも悪いものではない。痛みによって肉体が順応・成長していくからだ。しかしハリスは、オーバートレーニングでは痛みを感じる回数が増えるとしている。
「ハードなトレーニングを積んでいると小さな痛みを感じるはずですが、オーバートレーニングでは、その痛みを感じる回数が増えていきます。早めに気付いて、プッシュする代わりにペースを落とすようにしましょう」
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7. 体調が優れない日が続いている
ボート競技英国代表候補たちはトレーニングセッションを1日3回こなしており、厳しい天候下でボートを漕がなければならない時もある。
このようなトレーニングを間近で見守っているハリスは、オーバートレーニングが健康に及ぼす影響について次のように説明する。
「免疫力の低下はオーバートレーニングの明確な兆候です。風邪や咳などが続いているというのは、免疫力の低下を意味しています。風邪のようなシンプルな疾患でさえ排除できない状態になっているのです」
「この状態を無視してしまえば、インフルエンザやそれ以上の難しい疾患へ進行してしまう可能性があります。前項で説明した小さな痛みと同様、早めに気付いて休むようにしてください」
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8. モチベーションがない
アスリートはトレーニングやレースを好んでいる。しかしハリスは、オーバートレーニングに陥ると、いつもの自分とは異なる “モチベーションがゼロ” な自分になってしまう可能性が高いとしている。
「ハードなトレーニングを1週間続ければ、ギリギリの状態に追い込まれます。もちろん、ハードなトレーニングはその状態にすることが目的なわけですが、やり過ぎれば、トレーニングやレースに向けて自分を奮い立たせるのが難しくなってしまいます」
「私の場合は、モチベーションが問題だと分かった時は、アスリートと話し合って目標を再設定しています。目標の内容を簡単にし、達成までのタームを短くするのです」
「コーチと話して目標を再設定するという行為自体がアスリートのモチベーションを高めることも多いですね。自分ひとりで取り組んでいるのではないということが実感できるからです」
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9. 成長していない
オーバートレーニングの分かりにくい兆候のひとつが、プラトー現象だ。これはパフォーマンスが停滞し、成長曲線が水平になることを意味する。
トレーニングの強度を維持している時にこの現象が発生するのは至って普通だが、ハードにプッシュし過ぎてしまっても発生することがある。ハリスは次のように説明している。
「疲労を感じるレベルで取り組んでいるにも関わらず、パフォーマンスや基準値に伸びが見られない時があります」
「先ほど、リカバリーしたあとも気分が優れない日がしばらく続く可能性があると話しましたが、この期間にパフォーマンスの停滞、または上昇ではなく下降が見られるケースがあります」
解決のヒント
上記を読んで、自分がオーバートレーニング状態かもしれないと思っている人に向けて、ハリスが調子を取り戻すためのアドバイスを送ってくれた。
- 疲労している自分に早めに気付く。軽めのトレーニングメニューに切り替えて1週間過ぎたあとも疲労が取れないなら医者に相談する。
- 慎重にトレーニングを進める。持久系スポーツのアスリートはこの点をひときわ強く意識すべき。トレーニングを着実に積み上げて持久力を付けること。
- 安静時の心拍数の基準値を設定してトレーニングメニューを調整する。基準値が設定されていれば、それを上回っているかどうかで自分の状態を判断できるようになるので、大きな問題を回避できる。
- パフォーマンスを分析する。データの推移や目標達成度を活用すれば、パフォーマンスの停滞や下降を簡単に見つけられるようになる。
- 体の声に耳を傾ける。トレーニングメニューを軽くしてリカバリーを重視するという決断を下すのは簡単ではないので、自分がどう感じているかをコーチへ正直に伝えること。