Hannah Schmitz, Red Bull Racing Senior Strategy Engineer looks on from the pit wall during practice for the F1 Grand Prix of Belgium at Circuit de Spa-Francorchamps on August 28, 2020 in Spa, Belgium.
© Mark Thompson/Getty Images/Red Bull Content Pool
F1

オラクル・レッドブル・レーシング:レース戦略を支える女性ストラテジストを知る

オラクル・レッドブル・レーシングでレースの勝敗を左右する決断を下しているプリンシパル・ストラテジー・エンジニア、ハンナ・シュミッツを紹介する。
Written by Joe Batchelor
読み終わるまで:7分公開日:
ハンナ・シュミッツが両方の手のひらを伏せて会話しているとき、そこではFIA F1世界選手権の行方を左右しかねないレース戦略上の決断がいくつも下されている。
「両方の手のひらを伏せる」は、オラクル・レッドブル・レーシングストラテジスト(レース戦略担当)を務める彼女がレースの興奮の真っ只中で集中を維持しながら的確な仕事をするために活用しているテクニックだ。
オラクル・レッドブル・レーシングのプリンシパル・ストラテジー・エンジニアを務めるシュミッツと彼女のチームは、無数のデータポイントを計算・分析する作業と並行してレースウィークエンドの展開を左右するシナリオをシミュレートしている。
最終的にセルジオ・ペレスの優勝とマックス・フェルスタッペンの表彰台獲得を導き出した2022シーズンのモナコGPでのピットストップ戦略を例に取ってみよう。その大胆で先を見越した決断は、レース後にレッドブル・モータースポーツアドバイザーのヘルムート・マルコ博士に「チーム全員が並外れた仕事をしてくれたが、私たちが優勝できた主な理由はハンナだ」と言わしめた。
常に変化するシナリオに速やかに順応してリアクションするのがシュミッツの仕事の一部だ。彼女の仕事は、本人に究極のプレッシャー最高のアドレナリンをもたらしている。
シュミッツは次のように切り出す。
「プリンシパル・ストラテジー・エンジニアの役割は、極めてエキサイティングな仕事だと思っています。一瞬で判断を下すときは緊張感が高まります」
「日常では20秒というのは大した長さではないように思えるかもしれません。しかし、レースにおいて自分の決断が正しかったのかを確認するまでの20秒間は、途方もなく長く感じられます」
テクノロジーが高度に発達した現代のF1では、コンマ数秒の判断で結果が決まる。ひとつひとつの判断が勝敗の分かれ目になる可能性があるのだ。
ピットストップの回数とタイミング、装着すべきタイヤの種類、アタックまたはペースキープのタイミング、ドライバーコンビを協働させるタイミングなどの 重要な決断は、すべてデータに基づいている。
一瞬で判断を下すときは緊張感が高まります
ハンナ・シュミッツ(プリンシパル・ストラテジー・エンジニア)
そして、黄旗や赤旗、クラッシュ、ペナルティ、さらには不確かな天候など、レースの中で起きる様々な出来事に対して万全な備えをするには、どれほど多くのリサーチ量があっても十分ではない。
ストラテジー・エンジニアは、いかなる時にも極限の集中が要求される仕事だ。シュミッツは次のように続ける。
冷静でいられることは、ストラテジストにとって最も重要な資質のひとつと考えています」
「かつてある人から教えてもらったアドバイスなのですが、手のひらを伏せておけば自分の発言を明確で堂々としたものにする助けになります」
通常のレース日の午前、シュミッツはミーティングに出席する。このミーティングでは、ドライバーコンビとエンジニア陣、エイドリアン・ニューウェイ、さらにはクリスチャン・ホーナーも交えてレースプランが協議される。
The control panel inside Red Bull Racing’s AT&T ops room at Milton Keynes.
A sneak peek at Red Bull Racing’s nerve centre
ミーティングを終えたあとのスケジュールは、彼女がサーキットに帯同しているか、ミルトン・キーンズのファクトリー内にある最新鋭施設 “オペレーションルーム” にいるかによって異なる。シュミッツはヘッド・オブ・レースストラテジーを務めるウィル・コートニーと1レース交代でサーキットに帯同している。
シュミッツとコートニーがどこにいても2人の使命に変わりはないが、役割は大きく異なる。ピットウォールに座っているときは頭の中を明晰に保ち、優勝するための方法を大局的に考えることになる。
ストラテジストは、大勢のクルーに指示を出し、自分の意見を聞いてもらわなければなりません
ハンナ・シュミッツ(プリンシパル・ストラテジー・エンジニア)
一方、ミルトン・キーンズのオペレーションルームではストラテジストチームがリアルタイムで計算やシミュレーションを実行し、現地にいるチームメンバーたちがレースエンジニアたちと最適解を出せるようにあらゆる実行データを提供している。
シュミッツは、このNASAを彷彿とさせるオペレーションルームがゲームチェンジャーになっているとし、次のように続ける。
「私たちは全チームの無線に耳を傾け、全チームのオンボード映像を確認し、あらゆる詳細データを検証しながらそれらを瞬時にピットウォールへ送信することができます。まるでピットウォールと同じ部屋にいるようです。遅延は一切ありません」
シュミッツが現職を手にするまでの道のりは、夢の仕事へ向かって一意専心に未踏の道を切り拓いてきたことで実現した。
シュミッツは物心ついたときから自動車と物の仕組みに興味を持っていたが、学生時代になるとその興味はエンジニアリングへの情熱に変化した。ケンブリッジ大学で機械工学の修士課程を修めた彼女は、2009年に学生インターンとしてレッドブル・レーシングに入社した。
必要とされる自信と信頼を築くには時間を要したが、自分のあとに続こうとしている女性たちには同じ苦労をしてもらいたくないと彼女は願っている。
「仕事を始めたばかりの頃は自信を持てない人が多いと思います」とシュミッツは語り、さらに続ける。
「ストラテジストは、大勢のクルーに指示を出し、自分の意見を聞いてもらわなければなりません。ですので、信頼関係を築くことが重要なのですが、残念ながら女性にとってそれは非常に難しいことでした。ですが、現在の私は敬意を得られています」
「ですので、これからモータースポーツの世界に飛び込みたいと考えている若い女性たちには “自分にはきっとできる、この仕事に取り組める” と思ってもらいたいですね。そうすれば、ダイバーシティがさらに進むでしょう」
シュミッツは、2019シーズンのブラジルGPでフェルスタッペンが一時的に首位を失うことを知りながら3度目のピットインをさせたことで世界的な注目を集め、F1ファンにはおなじみの顔となった。
このピットインの決断がフェルスタッペン優勝に繋がったため、シュミッツはフェルスタッペンと共に表彰台へ上がってコンストラクターズトロフィーを受け取るようチームから要請された。
「2019シーズンのブラジルGPは信じられないほど特別な瞬間でした。私のキャリアの頂点でしたね」とシュミッツは振り返り、次のように続ける。
「実は、最初の出産を終えて仕事へ復帰したばかりでした。ですので、まだこのチームで良い仕事ができることを証明できたのは私の中でとても大きな意味がありました。素晴らしい経験になりましたね」
2019シーズン ブラジルGP:優勝コンストラクターを代表して表彰台に登壇したシュミッツ
2019シーズン ブラジルGP:優勝コンストラクターを代表して表彰台に登壇したシュミッツ
チーム加入から13年間、彼女はレッドブル・レーシングに在籍したドライバーたちの大半と仕事をしてきた。そして今はペレス、フェルスタッペンと組み、2人の質問に答える立場を楽しんでいる。ドライバーコンビは、自分たちに提示される戦略の理解に全力で取り組んでいる。
バクー市街地サーキットで開催された第8戦アゼルバイジャンGPでは、フェラーリのシャルル・ルクレールとカルロス・サインツがテクニカルトラブルでダブルリタイヤを喫する波乱の中、終始パーフェクトなレース展開を見せたフェルスタッペンがシーズン5勝目を飾り、2位ペレスを従えてシーズン3回目の1-2フィニッシュをチームにプレゼントする最高の結果となった。
1レースで獲得できる最大ポイントを2人が持ち帰ったおかげで、オラクル・レッドブル・レーシングはコンストラクターズ選手権のポイントを279に伸ばし、2位フェラーリとの差を80ポイントに広げた。
シュミッツはミルトン・キーンズのオペレーションルームからアゼルバイジャンGPを見守り、前戦モナコGPよりもはるか前から用意していた戦略の微調整に取り組んだ。2022シーズンはようやく3分の1を経過したばかりで、フェラーリとの熾烈で予測不可能なバトルはこれからも続く。それでも、我々にはひとつだけ確信できることがある。
それは、ハンナ・シュミッツと彼女のチームが戦略的判断をシミュレートすれば、オラクル・レッドブル・レーシングは必要なあらゆるインフォメーションを入手できるということだ。
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