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スキージャンプ 高梨沙羅が目指す、理想の自分「強い女性って、もっと自由なはず」
世界最多勝利数、W杯総合優勝4回。それでも高梨沙羅(たかなし・さら)は、自分を“道の途中”だと言う。記録では測れない“強さ”ってなんだろう? そう思いながら彼女の話を聞いていると、ジャンプの話は、生き方の話そのものだった。
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高梨 沙羅(たかなし・さら)とは!?
1996年10月8日年生まれ、北海道上川郡上川町出身の女子スキージャンプ選手。
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数え切れない記録より、「変われた瞬間」の方がずっと鮮明
平日の午前、都内のレッドブル・オフィス。アースカラーのTシャツにスタイリッシュなメイクの女性が、静かにレッドブルの缶を開ける。
そう、今日の主役はスキージャンプ界のレジェンド。世界最多勝利(ちなみに男女歴代最多勝利の63勝)、W杯総合優勝4回(これ、女子最多です)。ジャンプの歴史を動かす絶対女王こと高梨沙羅選手だ。
でも、今回のインタビュー冒頭で出てきたのは意外な言葉だった。
「私、まだ“自分の理想とする強い女性”にはなれていないんです」
え? あの沙羅ちゃんが? と思ったあなた、彼女の“まだ見ぬ自分の理想像”について、一緒に覗いていこう。
スキージャンプを始めたのは、小学2年生。14歳で世界デビュー。20代で大ベテラン(…って早くない?)。これまで数々の記録を積み上げてきた。でも本人、あまりピンと来てないご様子。
「記録って、意識してないんです。何回優勝したとか、表彰台に乗ったとか…記者さんに言われて『あ、そうなんだ』って知ることも多くて(笑)」
転機になった瞬間ってありますか? という質問にこう返すのが、ちょっと意外だった。じゃあ自分の強さは、どこから来ていると考えているのだろう。
「集中力です。何かに集中すると、まわりの声が聞こえなくなるくらい入り込む。それが“強み”でもあるし、“弱み”でもあります」
若いころは、正直“勢い”だけで飛んでいたという。そんな経験の中で得た“波を小さくする力”が、今の彼女を支えている。記録よりも、成長できた実感を大事にしているみたいだ。
「昔は“なんかいけそう”みたいな(笑)。でも、自信の根拠がなくて、崩れると一気に落ちてしまって。今は、いろんな引き出しを持てるようになりましたね。調子が悪いときにどう立て直すか、試せる選択肢が増えたのは大きいです」
譲れないのは、自分らしくあること。メイクもジャンプの一部です
「ジャンプって、“見せる競技”だと思ってるんです。私にとってジャンプは、“技術”じゃなくて“姿勢”の競技でもあります」
そう話す彼女のInstagramや取材写真には、メイクもファッションもそのままの“沙羅らしさ”が表れている。こういったジャンプ以外のことでも注目されることが多い。
「アスリートだって、自分の“好き”を楽しんでいいじゃないですか。メイクとか、わたしにとっては“深呼吸”みたいなものなんです」
とはいえ、時には批判の声もある……。
「“競技に集中してない”って言われたこともあるけど、私にとっては逆。“自分を大切にできてるか”が、結果にもつながるって信じてます。でも、意見はあって当たり前。それでも、自分のスタイルを持ち続けたいんです」
ちなみにSNS投稿にも、ちゃんと戦略あり。遠征先での生活や練習中の風景も積極的にポスト。発信のスタイルも、「こう見せたい」ではなく「こうありたい」をベースにしている。
「選手って、試合の結果だけで見られがちですよね。でも“結果”だけじゃなく、“どうやってそこにたどり着いたか”を伝えるのが大事だと思ってて。それが、スキージャンプをもっと知ってもらう・興味を持ってもらえる入り口になると思うんです。みんながそれぞれのやり方でいいと思うけど、“らしさ”はやっぱり大事ですね」
自分の“好き”をちゃんと表に出していくこと。それが、ジャンプにも繋がる“自分軸”になっている。
「自分のことを好きでいられる時間が増えると、自然とジャンプも良くなる。どんな時も自分で自分を支えられるようになることが、大事だと思うんです」
スキージャンプの観戦は“高さ”と“クセ”に注目するとより楽しめます!
テレビのニュースなどでよく見かけるスキージャンプは「あまりにもすごいことを成し遂げる超人達の大会」ってイメージ。でもぶっちゃけ「ジャンプから着地までが一瞬で終わっちゃうから、どこに注目すればいいのか分からない…」。そんな人、多いのでは? せっかくなので沙羅先生、“大会観戦をより楽しむためのコツ”を教えてください!
「 まず、飛距離に注目してください。あと見て欲しいのが、選手によって飛び方が全然違うんです。例えば、打点の高さや着地の仕方、アプローチの角度など、細かいところを見比べると面白いですよ」
どうやら“これが正解”というわけじゃなくて、それぞれに合った飛び方があるらしい。具体的には、どんな違いに注目すればいいのだろう?
「一つは、ジャンプ台での姿勢ですね。私は“アプローチ(助走の姿勢)”が一番大事だと思っています。ジャンプ台のカーブ=“R”で、自分の理想のポジションに入れるかが勝負なんです。簡単に見えるかもしれないけど、時速90キロほどで滑りながら、ミリ単位の操作をしています」
なるほど、最初が肝心というわけだ。じゃあ、飛んでる間の空中ではどんなことをするのだろうか。飛行時間はノーマルヒルで約4~5秒、ラージヒルだと約5~8秒って聞くけど、そのわずかな時間で人間ができることって限られている。その数秒間って、もう風に身を任せるしかない時間なのかも。
「そんなことないですよ(笑)。空中では風や姿勢を読みながら、“浮力”を生む体勢を保ちます。空気の流れを読んで、両手を微妙に動かして調整しながら飛んでいるんです」
すごい…。それはもう、ジャンプっていうより、ほぼ飛行機の操縦! 人間がやることじゃない! 体よりも精神面が疲弊すると言われる意味が、この繊細な調整の話を聞くとよく分かる。
「あとはこれが難しいのですが、最後はテレマーク(着地する際に足を前後にずらし、両手は横に広げ、腰を落としてバランスを取る姿勢)。
私が小さい頃は競技の中で、テレマーク技術ってそれほど重視視されていなかったんですよ。昨年から採点のルールが変わったので、より大事なポイントになりました。今は、“感覚を体に覚えさせる”っていう地味な作業をずっとやってます。でも、感覚だけじゃ再現できない。“感覚を言語化する”っていう練習もしていますね」
選手によって“飛び方”が全然違って、それぞれのクセがあるというのが面白い。何だかこの人は真面目そうだから、やっぱり姿勢がブレないな~! なんて、“空飛ぶ性格診断”をしてみても面白いかも?!
次に目指すのは「ミラノで、自分らしく飛ぶこと」
来たる2026年、ミラノ・コルティナ。ここが沙羅選手にとって4度目となる4年に一度の大舞台だ。最近のコンディションを聞いてみると。
「“金メダルを獲りたい”っていうより、“見てくれた人の心に残るジャンプをしたい”って思ってます。それがモチベーションですね。正直、最近ちょっと苦しかったんです。2024/2025シーズンのW杯で初めて表彰台に乗れなかったこともそうですし、 スーツ問題での失格など、悔しいことも多くて」
それでも、彼女は他人のせいにしない。今の課題はテレマークと、ストレスマネジメント。どんな時でも“自分にできること”に目を向ける。
「例えば、天候に左右されるスポーツだからって、“風のせい”にしたら、何も生まれない。どんな状況でも、“今の自分に何が足りなかったか”を考えた方が、前に進めるんです。結局は自分が変わるしかない。じゃあ、“私は、どうしたいか”。そこに集中することで、ジャンプも人生も変わると思ってます」
これが女王のメンタリティ。しかし「理想の強い女性にまだなりきれていないから、そこを目指して頑張っている」と語っていた沙羅選手。では、その“強い女性”ってどんな人なんだろう?
「自分のスタイルを持ってる人です。ジャンプのスタイルも、飛び方やアプローチで人によって全然違う。それと同じで、自分のやり方、自分に合った形を持ってる人が強い人だと思うんです」
彼女の視線の先にあるのは、数字でも、メダルの色でもない。“自分に納得ができる飛び方”だ。記録では測れない“強さ”を、彼女は飛び続けることで証明する。誰よりも多く飛んできた沙羅選手が、それでも“まだ足りない”と言えるのは、常に自分と向き合い続けているからなんだろう。それを何年も繰り返してきた彼女が今、ようやくたどり着いた答えとは。
「“強い女性”って、きっと、誰かの期待に応えるためじゃなく、“自分を生きる”ことを選べる人なんじゃないかって、最近思います。自分の気持ちや好きを、大切にしていいんだって思える人。
“私はできる”って自信を持って言えるくらい、トレーニングを積みたい。それこそが、私の“強さ”の源なんです。勝ち続けることより、立ち止まらないことの方が、ずっと難しくて、ずっと大事だと思うから。自分のことをちゃんと好きでいられるように、これからも飛び続けたいです」