Daniel Tschofenig performs during the FIS Ski Jumping World Cup Finals at the Planica Skiflying Hill in Ratece, Slovenia on March 28, 2025.
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スキージャンプ

スキージャンプの歴史

230年前にノルウェーの山岳地帯に住む農夫たちが考案してから小林陵侑が世界最長記録291mを飛行するまでのスキージャンプの歴史を簡単に振り返る。
Written by Henner Thies
読み終わるまで:9分Published on
まずひとつ質問がある。
雪で覆われた斜面からスキーを履いて飛び出して鳥のように飛行したあと、100mほど下方の斜面に着地するというアイディアを最初に思いついたのは一体誰なのだろうか?
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スキージャンプの誕生

正気ではない度胸試しのように思えるこのアイディアは、18世紀ノルウェー・テレマルク県の山岳地帯に住む農夫たちによって生み出された。雪が降り積もる長い冬の間、彼らはスキーを履いて周辺の斜面を巡っていたが、その間に小さな丘からジャンプすることで退屈な日常にアクセントを加えていた。
やがて、このような丘からのジャンプへの情熱が徐々に高まっていくと、ひとつのスポーツとして独立し、スキージャンプが誕生した。
現代のスキージャンプは高度な科学とピュアなアドレナリンの融合

現代のスキージャンプは高度な科学とピュアなアドレナリンの融合

© Bartek Wolinski/Red Bull Content Pool

最初の公式記録は9.5m。現在は200mをゆうに越える

最初の公式記録は9.5m。現在は200mをゆうに越える

© Kin Marcin/Red Bull Content Pool

この新しいスポーツを最初に文字で記録したのは、オランダ人海軍将校のコーネリアス・デ・ヨングだった。1796年、デ・ヨングは、ノルウェーのスキーメーカー出身の兵士たちが家屋と納屋の屋上でスキージャンプをしていることと、さらには平地ではなく斜面に着地すると衝撃が大幅に減少されることに気付いて記録した。この小さいが重要な気付きが、近代のスキージャンプに繋がることになる。
また、この気付きは、230年後に日本人スキージャンパーの小林陵侑がスキージャンプで291mも飛ぶことも可能にした。この歴史的ジャンプについてはあとで詳しく述べることにする。
02

黎明期の4つのマイルストーン

19世紀に記録された4つのマイルストーンがなければ、現在のようなスキージャンプは存在しなかった。
  • 1809年:オラフ・ライ中尉が自作のスキージャンプ台から世界初の公式計測ジャンプを行い、9.5mを記録した。
  • 1860年:ノルウェー出身のソンドレ・ノルハイムが30.5mを飛び、33年ぶりに世界最長記録を更新した。当時のスキージャンパーたちは助走時にストックを使用してバランスを取っていた。ノルハイムは革新的なスキージャンパーで、ビンディングを初めて使用した。
  • 1879年:クリスティアニア(現:オスロ)に世界初の公式スキージャンプ台が作られ、毎年ここで大会が開催されるようになった。
  • 1883年:トリウ・トリウセンがテレマーク姿勢を考案。今でもスキージャンプの理想的な着地姿勢として扱われている。
03

1924年:オリンピック正式種目に採用

18世紀末にドイツ、オーストリア、スイスでスキークラブやスキー学校が創設されるようになると、スキージャンプも中央ヨーロッパへ進出した。一方、1860年に世界最長記録を更新したソンドレ・ノルハイムは、すでに大衆の興味を集めるべく米国へ移住しており、サーカスでスキージャンプを披露していた。尚、ノルハイムは、スキージャンプの技術進化の多くが米国から生まれた要因のひとつにもなった。
これらの動きを受けて、スキージャンプは1924年にフランス・シャモニーで開催された史上初の冬季オリンピックで正式種目に採用された。また、同年にはノルディックスキー世界選手権も初開催され、第二次世界大戦が勃発するまで毎年開催された。
1988年にカナダ・カルガリーで開催された冬季オリンピックで、英国人レジェンドスキージャンパーのマイケル・エドワーズが、最下位に終わりながらも世界的人気を獲得したことで、このスポーツはそれまでになかった形で世界から注目されるようになった。エドワーズのその素晴らしいストーリーは、2016年に映画化されている。
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スキージャンプ台と科学による飛躍的進化

19世紀半ば、スキージャンプへの注目度が高まっていったことで、科学者たちも興味を持つようになり、彼らはジャンプと飛行に革命を起こすことに成功した。
空中での空流をシミュレーションした結果、助走中に両腕を前へ突き出し、空中では両腕を回転させるという従来の姿勢よりも、空中で背中側へ両腕を回して固定させる姿勢の方が空力で大きなアドバンテージが得られることが明らかになった。この姿勢はスイス人スキージャンパーのアンドレアス・デシャーが大会で初めて採用したことから、デシャースタイルと呼ばれるようになった。
この新たな知見を用いてそれまで夢でしかなかった100m越えを初めて記録したのは、1936年ヨーゼフ・ブラドルだった。オーストリア出身のブラドルは、世界初の専用スキージャンプ台が造設されたばかりだったスロベニア・プラニツァで開催された大会で優勝すると同時に、それまで不可能とされていた100mを越えた。
1950年代に入ると、夏季もトレーニングできるようにするためのプラスチックで覆われた世界初のスキージャンプ台が造設された。工場製プラスチックシートを細断して人工芝のように配置したマットでスキージャンプ台を覆うというこの新しいアイディアを考案したのは、元東ドイツ代表コーチのハンス・レナーだった。
このマットは、スキージャンプの発展におけるもうひとつの大きなマイルストーンになった。1905年にブッシュ・サーカス(ヨーロッパ最大級のサーカス団)でココナッツ製マットを使用したスキージャンプ台が試されたあと、松の葉やアーモンドの殻など様々なものが雪の代用品として採用されていったが、どれも失敗に終わっていた。しかし、このプラスチック製マットは成功し、現在も使用されている。
1994年の夏以降、スキージャンプを専門とするアスリートたちによるFISグランプリが、毎年世界中のプラスチック製スキージャンプ台で開催されており、長いオフシーズン中のスキージャンパーとファンの両方にとって嬉しい変化となっている。また、プラスティック製スキージャンプ台は、若いスキージャンパーたちの指導やプロジャンパーたちの年間を通じたトレーニングにおいてより重要だ。
プラスティック製ジャンプ台の登場で1年を通じてトレーニングができるようになった

プラスティック製ジャンプ台の登場で1年を通じてトレーニングができるようになった

© Predrag Vuckovic/Red Bull Content Pool

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より高く、より速く、より遠くへ

1950年代、スキージャンプはスキージャンプ週間の開催にも助けられて本格的なブレイクスルーを果たした。ドイツのテレビ放送局ARDが1956年元旦ガルミッシュ=パルテンキルヘンからスキージャンプ週間を初めて生中継した。また、1960年代からコンピューターを使用した距離計測が始まるなど、様々な技術進化もスキージャンプの発展を促した。
メディアへの露出と技術進化によって1980年のスキージャンプ週間には過去最多となる19カ国が参加し、1990年〜1991年シーズンからは、参加国を絞り込むための予選が開催されるようになった。
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プロ化と多様化

スキージャンプの右肩上がりの成長と人気により、1970年代初頭からこのスポーツの多様化が始まり、スキーフライングが新たに誕生した。スキージャンプとスキーフライングの最大の違いは、前者のスキージャンパーたちが時速約90kmで飛び出すのに対し、少し大きなスキージャンプ台を使用するスキーフライングでは、スキージャンパーたちのスピードは時速105km以上に達するため、より大きなジャンプとスペクタクルが期待できた。
バート・ミッテンドルフのような巨大なジャンプ台が記録更新を後押ししている

バート・ミッテンドルフのような巨大なジャンプ台が記録更新を後押ししている

© Fabian Hain/Red Bull Content Pool

スキージャンプの多様化の歴史を簡単に見ていこう:
  • 1972年:スキーフライング世界選手権が、スロベニア・プラニツァにある世界初・唯一のスキーフライング用ジャンプ台で初開催された。
  • 1980年:FISスキージャンプワールドカップのシーズン開催が始まった。第1回はオーストリア出身のアントン・インナウアーが優勝し、最初の総合優勝は同じくオーストリア出身のフーベルト・ノイパーが獲得した。
  • 1982年:ノルディックスキー世界選手権にスキージャンプの団体競技が導入された。1988年にはオリンピックの正式種目にも採用された。
  • 1983年:ノーマルヒル、ラージヒル、スキーフライングの3種目が公式に設定された。
  • 1993年:スキージャンプ・コンチネンタルカップがワールドカップの下位カテゴリーとして設立された。
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偶然の革新

スキージャンプでは、これまでのあらゆる技術革新がスキージャンパーのジャンプスタイルに影響を与えてきた。まず、ストックが使用されなくなり、次に飛行中に両腕を体側につけるようになった。そして直近では、飛行姿勢にV字が採用されるようになった。
シュテファン・エンバッハーの完ぺきなV字姿勢

シュテファン・エンバッハーの完ぺきなV字姿勢

© Kin Marcin/Red Bull Content Pool

スウェーデン人ジャンパーのヤン・ボークレブが、スキーをV字に開いた方がより大きな揚力が発生して飛距離が延びることを練習中に発見。当初、それまでとは異なるボークレブの飛行姿勢は減点対象となったが、彼が1988年〜1989年のワールドカップ総合優勝を手にすると、V字姿勢はすぐに新たな主流となった。
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さらなる高みへ

オーストリア人ジャンパーのヨーゼフ・ブラドルが、スロベニア・プラニツァで1936年に記録した世界初の100m越えは、“世界最長距離” という、世界最強のスキージャンパーたちの永遠の目標へと繋がった。
1994年、同じくプラニツァでオーストリア人ジャンパーのアンドレアス・ゴルトベルガーが世界初の200m越えを記録したが、着地後に停止できなかった。この結果、同日に203mを記録したフィンランド人ジャンパーのトニ・ニエミネンが初めて200m越えを飛んだジャンパーとして公式に記録された。
2005年にノルウェー人ジャンパーのビョーン・アイナール・ローモーレンが記録した239mは最も長い期間更新されなかった世界最長飛距離のひとつだったが、2010年にノルウェー・ヴィケルスンのヴィケルスンジャンプ競技場世界最大のスキージャンプ台となったあとは記録ラッシュとなり、2017年3月18日に、オーストリア人ジャンパーのシュテファン・クラフト253.5mを記録した。
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小林陵侑のスキージャンプ世界最長記録

2025年11月現在、クラフトが2017年に記録した253.5mよりも遠くまで飛んだスキージャンパーは、日本の小林陵侑だけだ。小林は2024年4月にアイスランド・アークレイリでなんと291mを記録した。小林のジャンプは大会ではなく雪山に造設された専用スキージャンプ台で行われたため非公式記録だが、だからと言って、彼の偉業の素晴らしさが損なわれるわけではない。
小林陵侑は驚愕の291mを記録

小林陵侑は驚愕の291mを記録

© Predrag Vuckovic/Red Bull Content Pool

スキージャンプ世界最長距離記録を更新!

スキージャンプ世界最長距離記録を更新!

© Joerg Mitter/Red Bull Content Pool

まとめると、スキージャンプが1809年にオラフ・ライが初めて9.5mの公式ジャンプを成功させてから今までの間に遂げてきた進化は、少なくとも、小林陵侑やアンドレアス・ウェリンガーのような現代のチャンピオンジャンパーたちが空中で見せるパフォーマンスと同じくらい魅力的だ。
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