Robert LuisとPaul Jonasが1999年にブライトンで立ち上げたTru Thoughtsは、UK屈指のエクレクティックなインディーレーベルとして評価されるまで成長した。
過去20年間、Tru ThoughtsはUKアンダーグラウンド・シーンの重要アクトに活躍の場所を提供してきた。その中にはオーバーグラウンドへ進出したアクトもいる。
エレクトロニック / ヒップホップ / ファンク / ソウル / ジャズなど広範なジャンルを横断するこのレーベルは、Bonobo、Rodney P、Jon Kennedy、Hidden Orchestraをはじめとする多数のアクトの作品を世に送り出してきた。
今回は、レーベル共同設立者のRobert Luisを含むTru Thoughts所属アーティスト5組にバックカタログの中から重要と考えている作品を選出理由と共に紹介してもらった。Spotifyリストと一緒に楽しんでもらいたい。
Diversion Tactics「Anecdote」(2002年)
選出者:Wrongtom
20年以上に渡ってビーツ、ブレイクス、ファンク、ソウル、ジャズ、レゲエ、グライムなどあらゆるジャンルを横断してきたTru Thoughtsのバックカタログから1枚だけを選べというのは、とびきり厄介なリクエストだね。
最近このレーベルと契約を交わしたばかりのUniting Of Oppositesの素晴らしくサイケデリックなインド調ジャズアルバムが割とすぐに浮かんでくる。でも、20年分の歴史があるわけだから、レーベルがよちよち歩きだった頃の初期作品群に目を向けてみようと思った。
The Quantic Soul Orchestraの7インチ群や大反響を巻き起こしたBonoboのデビューアルバムなど初期ヒット作は色々あるけれど、ヒップホップに特化して展開していたサブレーベルZebra Trafficの中に隠れた名盤がある。
Diversion Tactics「Anecdote」はどこか異質な作品だ。Tru Thoughtsの作品としてではなく、このグループ、ひいてはヒップホップとしても異質だ。
「Anecdote」はUSのMC Huggy Bearをフィーチャーしているけれど、Diversion Tacticsはサリー州ギルフォード出身のUKヒップホップクルーだった。Dr Zygoteがプロデュースした隙間を持たせたビートにMC Huggy BearがJuggaknots「Breeze Brewin'」ばりの容赦ないフロウを乗せている。
バックトラックはほぼ無調で、くすんでいてダークだ。ビートはジャズのブラシドラムをチョップしたものだけどパンチが効いていて、Huggy Bearのリリカルな激しさとは裏腹にゆっくりと進行していく。このトラックにはコーラスもない。
Dr Zygoteは、賛否両論となったアレン・ギンズバーグの詩『Howl / 吠える』の一部を抜き出し、Huggy Bearの張り詰めた低音ヴォイスとギンズバーグ本人の幽霊めいていて金属的な声を組み合わせようとしている。
この曲の「Anecdote」というタイトルは『Howl / 吠える』の一節 “whispering facts, and memories, and anecdotes” から来ている。
このトラックは一部のヒップホップファンには理解しにくいかもしれない。大西洋をまたいでいるし、どこかエクスペリメンタルだ。しかも、『Howl / 吠える』はドラッグ乱用やホモセクシャルについての率直かつ鮮明な描写が不適切だという理由で、出版元が長期の裁判を戦うことになった詩だ。
ギルフォード発のヒップホップとしては想定外のトラックで、この意外性が芸術性に満ちた不条理さをさらに際立たせている。
《Wrongtom:Tru Thoughtsディスコグラフィー》
『Wrongtom Meets Deemas J In East London』(2012年) /『Wrongtom Meets the Ragga Twins In Dub』(2017年) /『Wrongtom Meets the Ragga Twins In Time』(2017年)/『Wrongtom Meets...』(2019年)
Bonobo『Animal Magic』(2000年)
選出者:Anchorsong
2006年に惜しくも閉店したマンハッタンのレコードショップOther Musicでこのアルバムと出会いました。
Other Musicは小さなショップだったんですが、セレクションが実にユニークで、この店で数多くの素晴らしいレコードと出会いました。ある日、Other Musicでかかっていたのを聴いてすぐに気に入った曲が「Sleepy Seven」でした。
当時はブレイクビーツやインストゥルメンタルヒップホップに相当のめり込んでいたので、レコードを買い漁っていました。当時買ったレコードは今もほとんど手元に残してあります。
その大半は古すぎて今聴き返すことはほとんどないんですが、『Animal Magic』は数少ない例外です。このシンプルな構成とソングライティングは色褪せないですね。Bonoboが今も高め続けている上品で洗練されたプロダクションスキルも感じられます。
個人的に一番好きなトラックは「Terrapin」ですね。ナイスでメロウなグルーヴに、シタールのエキゾチックなサウンドをシームレスに組み合わせています。あらゆるジャンルに精通していて、すべての音楽を愛しているエレクトロニック・ミュージック・プロデューサーが生み出した作品です。
その知識と愛情が同世代のプロデューサーたちとの差になっていると思いますし、彼がDJセットではなく、ライブバンドとのパフォーマンスを選んだ背景でもありますね。
『Animal Magic』はTru Thoughts躍進のきっかけになった作品ですし、その意味ではTru Thoughts所属アーティスト全員が彼に感謝すべきだと思います。
《Anchorsong:Tru Thoughtsディスコグラフィー》
『Chapters』(2011年)/『Ceremonial』(2015年)/『Cohesion』(2018年)
The Quantic Soul Orchestra『Pushin’ On』(2005年)/『Tropidélico』 (2007年)
選出者:Alice Russell
この2作品を選んだ理由は、わたしやWill Holland(aka Quantic)、Tru Thoughtsに大きな変化をもたらしたライブ活動を始めるきっかけになったから。
この2作品をリリースする前のわたしたちは、午前3時のクラブでサウンドシステムスタイルのギグをこなしていたの。でも、ターニングポイントを迎えていた感覚があった。そしてすべての可能性が広がっていった。
この作品は、WillとAl(もしくはRob)がターンテーブルを担当してわたしが歌うというスタイルから脱却して、フルバンド編成という次のフェーズへ進むきっかけになった。レーベルも所属アーティストもひっくるめて、そこから成長していった感じね。
これよりも前にWillがリリースしたアルバムはベッドルームで制作されたものだったけど、『Pushin’ On』からWillは正式なスタジオに移ったの。大量に積み上げられた機材を使ってわたしたちがレコーディングした彼のベッドルームスタジオを馬鹿にするつもりはないけどね。
タイトル曲の「Pushin’ On」はWillがひとりで書き上げた最初の曲で、彼が初めてリリックとメロディを同時に手がけた作品だった。
数年前にOliver Dollarが手がけたリミックスが証明しているように、「Pushin’ On」は今も多数のアーティストからサンプリングやリミックス / リワークをリクエストされるタイムレスな曲であり続けている。
実は、わたしが最初の子供を出産する予定日の前日にPaul Epworthから電話があったの。
彼はロンドンでDavid Guettaとトラックを制作していて、「Pushin’ On」をサンプリングしていた2人から『今すぐ来て声を入れてくれ』って頼まれたの。残念ながら、わたしはそれどころじゃなかったから丁重に断ったけれど。Willはタイムレスな名曲を産み出したのよ。
同名アルバムの『Pushin’ On』はWillがThe Quantic Soul Orchestra名義で手がけた2枚目のアルバムで、わたしたちは重い機材を積んだおんぼろのミニバスに乗って長距離を移動していた。
当時は11人編成でWillが取りまとめていた。大変だったけど楽しい時間だったわ。ベタつく床の小汚いクラブから壮麗な劇場まで、あらゆるヴェニューを回った。当時の良い思い出は山ほどあるし、『Pushin’ On』と『Tropidélico』はそれらの思い出と密接にリンクしているわ。
Willは世界各地で得たサウンドやインスピレーション、影響をTru Thoughts流にまとめてアウトプットするための作品として『Tropidélico』の制作をスタートさせた。「San Sebastian Strut」がわたしの一番のお気に入りよ。
このタイトルの元になったスペインのサン・セバスティアンにはまだ行ったことがないけれど、この曲には思わず踊りたくなるような色彩や匂いがある。The Quantic Soul Orchestraのライブセットに組み込んですぐに、この曲の中毒性がかなり高いことが分かったわ。
エモーション、自分らしく感じること、人との繋がり — これらがわたしにとっての音楽だから、Tru Thoughtsのバックカタログの中から選んだこの2作品は、生まれて初めてライブで歌った時と同じくらい記憶に深く刻み込まれている。そうじゃなきゃ音楽をやっている意味なんかないわ。
《Alice Russell:Tru Thoughtsディスコグラフィー》
『Under the Munka Moon』(2004年)/『My Favourite Letters』(2005年)/『Under the Munka Moon II』(2006年)/『Look Around the Corner』(2012年)/『To Dust』(2013年)
Werkha『Colours Of A Red Brick Draft』(2015年)
選出者:Robert Luis
20年間レーベルのA&Rに携わってきたから、アルバム1枚に絞るのは難しい。
Werkhaのデビューアルバム『Colours Of A Red Brick Draft』は、エレクトロニック・ミュージックにジャズとソウルを融合している。彼は強固な音楽ヴィジョンを持っているアーティストだから、僕があれこれと指図する必要はあまりない。クリエイティブなプロセスをサポートしてあげるだけで十分だ。
Werkha(aka Tom A. Leah)がQuanticにデモを送り、そのリンクをQuanticが僕に教えてくれたんだ。Werkhaには、Will(aka Quantic)はそんなことを滅多にしない人だということと、僕が彼の音楽に夢中だということを伝えた。それから、Tru Thoughtsからリリースする話が進んでいったんだ。
Tomの音楽はデモ段階から相当エキサイティングで、モダンなプロダクションとリアルな音楽性の優れたフュージョンを実現していた。また、当時のTomはかなり若かったし、貪欲に音楽を追求している姿勢も光っていた。
「Sidesteppin'」は僕がブライトンでやっているレジデントパーティ「Sonic Switch」でもビッグアンセムになったから、クラブシーンでも良い思い出が作れた。
このトラックは、Tomの幼なじみBryony Jarmon-Pintoをフィーチャーした3曲中の1曲だ。どのジャンルにも当てはまらず、様々な影響が感じられて、ホームリスニングとDJミュージックの絶妙なバランスを備えているこのデビューアルバムはタイムレスだし、個人的にはDJで良くプレイしている。
またこのアルバムは、クリエイティブで才能あるアーティストを発見して世に送り出すための方程式が存在しないことをあらためて教えてくれる作品だ。
《Robert Luis:Tru Thoughtsディスコグラフィー》
『Shapes 10:02』(2010年)/『Shapes 11:01』(2011年)/『Shapes: Circles』(2013年)/『Tru Thoughts in Brazil Compiled by Robert Luis』(2014年)/『Shapes: Rectangles』(2014年)/『Shapes: Wires』(2015年)/『Tru Thoughts Downtempo & Chill』(2016年)/『Shapes In Space』(2016年)/『Shapes: Kaleidoscope』(2017年)/『Shapes: Mountains』(2018年)
London Posse『Gangster Chronicles』(オリジナル:1990年 / The Definitive Collection:2013年)
選出者:Flowdan
London Posseは、自分たちの話し方に誇りを持っていた初めてのUKヒップホップアーティストだった。
自分たちのアクセントやスラング、彼らと同じウィンドラッシュ世代(編注:第二次世界大戦後にジャマイカなど当時英領だったカリブ海地域から英国へ移住した移民の第2世代)の音楽文化の中心を担っていたレゲエからのインスピレーションを堂々と押し出していた。
1990年にリリースされたオリジナルアルバムは、ドラムンベースやジャングル、グライムに繋がるUKのMCカルチャーが誕生するきっかけにもなった。
「How’s Life In London」は自分たちの出自を誇り高く表現し、世界から注目されているロンドンを褒め称えていた。
これはヒップホップでは初めての試みだったし、僕も最近リリースしたシングル「Welcome To London」で参照した。僕はこのアプローチにもっとダークなひねりを加えているよ。Rodney Pがこの曲を “UKヒップホップの金字塔” と評していたけど、その通りだと思う。
Tru Thoughtsがリイシューした『Gangster Chronicles』では未発表曲やリミックスも収録されていて、新しい世代にこのアルバムの重要性を示した。僕にとってもこの作品のすべてについてあらためて感謝するチャンスになった。
《Flowdan:Tru Thoughtsディスコグラフィー》
『Disaster Piece』(2016年)/『Full Metal Jacket』(2018年)
Quantic & Alice Russell『Look Around the Corner』(2012年)
選出者:Sly5thAve
個人的に、室内楽のクラシック以外で弦楽器が演奏されるのを聴いたのはQuantic「I’ll Keep a Light at My Window」のライブドキュメンタリーが初めてだったんだ。「ワオ、こんなことやってる人たちがマジでいるんだ!」って思ったのを覚えている。
僕がQuanticと知り合って、一緒に演奏するようになる前の話さ。それから数年が発った今、僕は過去にリリースされた15枚以上の作品を聴き漁りながら彼の音楽を学んでいる。以前聴いたことがあるこのアルバムの収録曲も含めてね。
彼のカタログはものすごく多様性に満ちていて、このアルバムは彼の才能のごく一部を表現しているに過ぎない。それでもすごく多彩なアルバムだよ。
Motownの影響や初期ブレイクビーツの影響が感じられるし、コロンビアの音楽からの影響もある。ダントツに気に入っている曲がいくつか収録されているよ。Aliceのヴォーカルは輝いているし、信じられないくらいにソウルフルさ。「I’d Cry」は聴くたびに興奮するよ。
このアルバムで気に入っているのは、曲ごとに編成を変えているところだね。ギターやキーボード、ストリングス、ホーン、パーカッション、ドラム、アコーディオン、ヴォーカルが相互作用しながら、コントラストに満ちた音楽風景を見せてくれる。
僕はストリングスセクションをフィーチャーした壮大なアレンジメントが大好きだし、このアルバムにもそういう瞬間がいくつかあるけれど、最高にクレイジーな曲もある。
マカロニウエスタンのようにも聴こえる曲があれば、Marvin Gayeのような曲もある。全編を通して美しいし、パワフルなエモーションを呼び覚ます作品だよ。
彼の他の作品と並べてみると、このアルバムは「常に新しいテクスチャーとサウンドを追求する」というQuanticの意志を象徴している作品だと思うし、彼を僕のオールタイム・フェイバリットのひとりにしている理由でもある。
《Sly5thAve:Tru Thoughtsディスコグラフィー》