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EVO:世界最大の格闘ゲームトーナメントの歴史と魅力
20年以上に渡りeスポーツシーンの最前線に立ち続けている《EVO》。カリフォリニアで始まった草の根トーナメントから格闘ゲームのメッカにまで成長したグローバル格ゲートーナメントの道のりをあらためて振り返る。
春麗の容赦ない攻撃が続く。対戦相手はKO直前だが、体力ゲージはまだ僅かに残っている。観客がフィニッシュブローを期待して立ち上がる。しかし、その対戦相手は次の一手を読んでいた。春麗の “百烈脚” が来ることを。そして見事に読み切り、連続ガードに成功する。
しかし、春麗の攻撃も止めない。さすがに耐えられないのでは? 否、彼は耐えてみせた。そして15連続ガードに成功したあとキックで反撃。一気に対戦の流れを変えると、会場を埋め尽くしていた観客から大歓声が沸き起こるのだった…。
このような瞬間が《EVO》を最も特別なゲーミングイベントのひとつにしている。格闘ゲームのトッププレイヤーたちが名声・栄光・賞金を求めてeスポーツシーン最大のステージで対戦する《EVO》(Evolution Championship Series)には、強烈なプレイ、大逆転劇、悔し涙、歓喜が詰まっている。
しかし、これまでずっとそうだったわけではない。このグローバルイベントは、かつては同じ趣味の仲間同士がスキルを競い合うために開催されていた草の根イベントだったのだ。
他の多くの招待制eスポーツイベントとは異なり、《EVO》には誰でもエントリーできるため、ローカルプレイヤーがワールドチャンピオンと対戦する可能性もある。このアクセシビリティの高さが《EVO》と他のトーナメントの大きな違いであり、頂点を狙うプレイヤーたちに無限のチャンスを提供している。
01
EVOのはじまり
《EVO》の物語はカリフォルニア州のキャノン兄弟(トム / トニー)と、彼らの友人ジョー・キューラーとセス・キリアンの4人から始まる。
1996年、グローバルな格闘ゲームコミュニティは存在していなかった。ローカルアーケードや家に集まるニッチなシーンしか存在しなかったのだ。しかし、その情熱の大きさに刺激を受けた4人は、ローカルアーケード “Golfland Sunnyvale” で『ストリートファイターII』の全米ナンバーワンプレイヤーを決めることを目的としたトーナメント《Battle by the Bay》の開催を始めた。
このトーナメントは年月とともに成長していき、カリフォルニアを目指して他のトッププレイヤーたちと実力を競い合おうとするプレイヤーが全国から集まるようになっていった。
そして2002年、《Battle by the Bay》が《Evolution Championship Series》に改称されると、格闘ゲームシーン全体の成長に伴ってその規模が拡大していき、対象タイトルには『ストリートファイター』シリーズだけではなく、『Marvel vs. Capcom 2』と『鉄拳』シリーズも含まれるようになった。
そして、その改称の少しあと、ファンは格闘ゲーム史上最高の瞬間を目撃することになる。それが “EVO Moment #37”(日本では “背水の逆転劇” として知られる)で、ゼロドットまで追い込まれたウメハラがJustin Wong相手に連続ガードに成功し、『ストリートファイター』史上最高の逆転勝利を挙げた。
下に紹介している動画で観客の爆発的な盛り上がりを視聴すれば、《EVO》が作り上げた素晴らしい雰囲気を理解できるだろう。そしてその興奮はその後さらに高まっていくのだった。
02
『ストリートファイターIV』時代
2008年を迎えるまでに《EVO》は多くの尊敬を集めるイベントへと成長していたが、ひとつのタイトルがこのイベントをメインストリームへ押し上げることになった。それが『ストリートファイターIV』だ。
この作品がリリースされたことで、世界が伝説的格闘ゲームシリーズの最新作にトッププレイヤーたちがどう対応するのかという興味を持つようになり、プレイヤー、スポンサー、観客を《EVO》に集めるようになったのだ。
参加プレイヤー数が急増し、コンテンツクリエイターたちがイベントの内容を詳しく伝えるようになり、《EVO》は世界的に知られるようになった。また、『ストリートファイターIV』のリリースはTwitchの台頭と同時だったため、観客が簡単にトーナメントへアクセス・視聴できるようにもなった。
さらに、この時代は魅力的なスタープレイヤーも誕生した。ときどやInfiltrationなどが大きなファンベースを獲得し、ウメハラやJusting Wongのようなベテランプレイヤーが新旧ファンを楽しませ続けた。
ときどほど《EVO》のタイトルの重みを体現しているプレイヤーはいないだろう。2017年、長年に渡り《EVO》タイトルを惜しくも逃し続けてきたときどは、Punkが待つファイナルへ進出した。
ベテランのときどに対して、Punkは新世代を代表するプレイヤーで、スピードに優れ、アグレッシブで、恐れ知らずだった。しかし、ときどは日本人らしい冷静な集中力でそのチャレンジを受けて対戦のペースを落とすと、慎重にコントロールされたスキルでPunkのエナジーを受け止めた。そしてファイナルを制してトロフィーを掲げたときどは、喜びの涙とともに長年の努力が報われることを世界に示したのだった。
2010年代に突入する頃までに、《EVO》のタイトルには『大乱闘スマッシュブラザーズDX』、『Mortal Kombat』シリーズ、『Ultimate Marvel vs. Capcom』なども含まれるようになり、複数のタイトルを得意とする格闘ゲームプレイヤーが目指すイベントになっていた。
チャリティー募金を開催目的に掲げた草の根コミュニティの働きかけによって実現した『スマブラDX』の追加は、《EVO》にとって特に重要な節目となった。《EVO》にとって大きなプラスとなったこの追加は、格闘ゲームコミュニティの持つ力を証明することになった。
03
EVOで名を挙げたプレイヤーたち
2010年代後半の《EVO》は、5タイトルで合計8回の優勝を達成したDominique “Sonicfox” McLeanの圧倒的な活躍で記憶されるだろう。この若き米国人プレイヤーはeスポーツシーンで最も多才なチャンピオンのひとりであることを証明すると同時に、格闘ゲームシーンにおけるクィアのシンボルにもなった。
その頃、『鉄拳』シリーズのスキルを着々と磨いていたのがArslan Ashで、彼は2019年の《EVO》で新たな歴史を作ることになった。Arslan Ashはパキスタンの格闘ゲームシーンを世界に広め、格闘ゲームの競技シーンが地球の全地域に到達していることを示した。彼の優勝はグローバルレベルのeスポーツにおいて重要な瞬間となった。
他のすべてのライブイベントと同じように、《EVO》も2020年にCOVID-19の影響を受け、オンライン開催となった。オンラインでの開催はオフラインの強烈な雰囲気を再現できなかったが、ファンはオンラインでも積極的に応援し、《EVO》の精神を支えた。
《EVO》がラスベガスで再びオフライン開催を迎えた2022年は、格闘ゲームコミュニティの歴史的再会のような雰囲気だった。そしてこの年以降、《EVO》は日本でも《EVO Japan》として開催されるようになり、《EVO》は真のグローバルブランドとなっていった。
現在、《EVO》はeスポーツシーンで最も影響力のあるイベントのひとつに数えられている。世界的人気を誇る格闘ゲームタイトルを開発しているいくつもの企業がEVOを最新アップデート発表の場として使用しているのは偶然ではない。このイベントの正当性とリーチは他では得られないのだ。
しかし、《EVO》はただ名前が知られているだけのイベントではない。このイベントは格闘ゲームコミュニティの連帯を示している。賞金やブランド契約は重要ではない。格闘ゲームコミュニティの “帰れる家” なのだ。
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