サイクリング
フロリアン・リポヴィッツ インタビュー:成功と苦悩
ツール・ド・フランス2025の個人総合3位に入り、マイヨ・ブランも獲得したレッドブル=ボーラ=ハンスグローエの若手ライダーが、ブレイク後の苦労を振り返った。
ドイツ人ロードレーサーのフロリアン・リポヴィッツは、ブレイクを果たしたツール・ド・フランス2025が終了したあと、世間からの大きな注目に振り回されて8週間もバイクに乗れなかったことを明かした。
リポヴィッツはツール・ド・フランス2025の個人総合3位に入ると同時に最優秀若手ライダーに与えられるマイヨ・ブランも獲得し、一躍ロードレースシーン最大のサプライズとして注目されるようになった。レッドブルのインタビューに応じたリポヴィッツは、当時はいきなりドイツを代表するアスリートのひとりになったことに対応できず苦しんでいたことを告白した。
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ツール・ド・フランス2025のリポヴィッツ
リポヴィッツはレッドブル=ボーラ=ハンスグローエのサポートライダーのひとりとしてツール・ド・フランス2025に参戦したが、最終的にはレース最大のハイライトのひとつとなった。
難しい第1週が終わり、多くのライバルたちが脱落していく中、リポヴィッツは徐々に調子を上げていき、パリに戻ってくるとタデイ・ポガチャル、ヨナス・ヴィンゲゴーに次ぐ個人総合3位に入り、最優秀若手ライダーに与えられるマイヨ・ブランも獲得した。
この結果により、リポヴィッツはいきなり無名のライダーからドイツロードレースシーンを代表する若手ライダーとなった。しかし、素晴らしい成績を収めた一方で、世間からの注目を扱うのは簡単ではないことが明らかになった。すでにレース最終盤からリポヴィッツはステージ終了後のメディア対応に振り回されるようになっており、十分なリカバリーができずにいた。
状況はツール・ド・フランスの前からすでに厳しかった。開幕の4ヶ月前、リポヴィッツはテネリフェ島のテイデ山へ向かい、標高2,200mに位置するこの山唯一のホテルで合宿をした。3週間に渡り、リポヴィッツは1日4〜5時間をトレーニングに費やし、夏のシーズンに向けた基礎作りに励んだ。
高地トレーニングは酸素が薄く、身体が赤血球を増やそうとするため、体内の酸素量と持久力の向上が見込める。この効果が数ヶ月続くことから、多くのワールドツアーチームがテイデ山で春に合宿をしている。リポヴィッツにとっても4回目のテイデ山だった。
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ツール終了後8週間休んだ理由
リポヴィッツは、ツール・ド・フランス2025が終了しても世間からの注目は終わらず、母国に帰ってからむしろ増したことを明かしている。
リポヴィッツは「心が安まりませんでした。オフが取れなかったのです」と明かしている。プライベートを大切にしているリポヴィッツはインタビューの申し込みやメッセージ、世間からの注目に圧倒されてしまった。本人は、首相を含む国内のあらゆる人たちから祝福のメッセージが届いた一方、実家のドアベルが1日に10〜12回も鳴っていたと続けている。
ドアベルが1日に10〜12回も鳴りました
このような注目はリポヴィッツの健康面にも悪影響を及ぼした。ツール・ド・フランス2025終了後に数回体調を崩した彼は、のちに鼻中隔の手術を受けた。当時を振り返ったリポヴィッツは、この経験によってキャリア最大の功績を心から楽しむことができなかったとしている。
結果、リポヴィッツはトップアスリートとしては非常にレアな決断を下した。8週間もバイクから離れたのだ。本人は、バイクを片付けてイタリア・ガルダ湖で静養したと語っている。このように完全にバイクから離れたことで、リポヴィッツは自分の功績を冷静に判断できるようになり、「個人総合3位という結果をもっと楽しむべきだった」という気付きを得た。
また、リポヴィッツはツール・ド・フランスの表彰台フィニッシュは一生に一度しか経験できないものかもしれないので、味わっておくことの重要性がさらに高まったと続けている。
そして今、リポヴィッツはロードレースシーン最大のステージへ復帰する。レムコ・エヴェネプールとともにレッドブル=ボーラ=ハンスグローエのライダーとして、7月4日にスペイン・バルセロナの全長19.6kmのチームタイムトライアルから開幕するツール・ド・フランス2026に参戦する予定だ。
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