Climber Domen Škofic hangs from the wing of a Blanik glider.
© Mirja Geh/Red Bull Content Pool
クライミング

【世界初】高度2,500mを飛行中のグライダーの翼でクライミング!

スロベニア人クライマーのドメン・スコフィッチがグライダーの翼下で重力法則を覆すチャレンジに挑んだ。この荒唐無稽な発想は一体どこから生まれたのだろう?
Written by Günter Baumgartner
読み終わるまで:8分Published on
スロベニア人クライマーのドメン・スコフィッチは、上空2,500mを最高時速62マイル(約100km/h)で飛行するグライダーの翼下に特別に用意されたルートに挑み、クライミング史に新たなマイルストーンを記録した。
雲よりも高い上空で、ドメン・スコフィッチは「飛行中の航空機の翼から吊り下げられた状態でクライミングする」という前代未聞のチャレンジに挑んだ。重力だけが問題ではなく、風や寒さ、スピードも複雑に絡み合ったこのチャレンジは、クライミングというスポーツを完全に新たなる次元へと突入させた。
IFSCクライミング・ワールドカップでリード総合優勝を飾った実績を持つスコフィッチは、オーストリア・シュタイアーマルク州アイゲン上空で、Red Bull Blanixチームのグライダーの翼下に設置された世界初のクライミングルートを完登してみせた。
ドメン・スコフィッチ

ドメン・スコフィッチ

© Mirja Geh/Red Bull Content Pool

信じられないような感覚でしたし、想像していたよりも遥かに高難度でした
01

世界で最も無防備なクライミングルート

一見不可能にも思える今回のチャレンジは、精度、勇気、そして数カ月にも及ぶ準備によって具現化された。Red Bull Blanixが所有するBlanikグライダー(編注:チェコの航空機メーカーLETクノヴィツェが開発した全金属製複座グライダー。正式名称はL-13 Blanik)は、空飛ぶ3次元クライミングウォールへと変貌した。
この複座グライダーが理想的な高度に到達すると、パラシュートを背面に装備したスコフィッチはキャノピーを開いて機外に出て、グライダーの裏面に沿って進む奇想天外な登攀に向けて準備を整えた。
前代未聞のクライミングルート

前代未聞のクライミングルート

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02

高度2,500m・100km/hの猛風の中で難度8aルートをクライミング

難度8aのルートは、グライダーの両翼に8の字型で設置されていた。スコフィッチは左翼側の胴体近くからクライミングをスタートし、左翼の下面を翼端に向けて進んでいった。
スコフィッチが登攀を進むにつれて、パイロットがグライダーのコントロールを維持するのが難しくなっていった。そこから、スコフィッチは胴体下側をくぐって右翼側に向かい、ルート中間地点を通過したあと、見事なムーブで翼の上面に移った。
これらすべてはグライダーが時速80マイル〜100マイル(約128km/h〜160km/h)の巡航速度で飛行している間に行われたため、グライダーの飛行速度と同じ速度の向かい風を受けることになった。重力だけが作用する岩のウォールとは異なり、風があらゆる方向から彼を押し付け、重力と気流の間で常にバランスを取り続けることを強いられた。
空中で繰り広げられた奇跡とも言えるこのチャレンジは、綿密なプラン、そしてクライマーとパイロット、飛行機によるパーフェクトな連携の賜物だった。つい最近、自己最高難度9b+ルートを完登したばかりのスコフィッチは、厳格な準備と共に今回のミッションに挑んだ。
9台のオンボードカメラが登攀のあらゆるアングルを映像に収め、アクションだけでなく舞台裏のイノベーションも克明に捉えた。このプロジェクトは、人間の野心と技術的な精度を組み合わせることで、クライミングをまったく新しい領域へと引き上げられることを示した。
03

寒さと重力に抗う:上空2,500mでのクライミング特有の難しさ

上空2,500mの気温は極めて低く、向かい風の影響で体感温度はマイナス10℃ほどまで下がった。すべての瞬間が精確でなければならなかった。1.2tもの荷重に耐えられるカスタムメイドのホールドがあるとはいえ、この過酷なコンディションはミスができる余地を一切与えない。パイロットとの交信はヘッドセットを介して保たれていたが、一瞬のタイミングと絶対的な信頼が不可欠だった。
スコフィッチにとって最大のチャレンジのひとつは、変動し続けるGフォースに対応しながら指を寒さから守ることだった。それぞれのムーブは適切なタイミング行われる必要があり、しっかりと機体に掴まりながら、ニュートラルフェーズ(機体軸が最も安定した状態)になったタイミングで次のステップへ進む必要があった。パラシュートの重量が加わったことで、スコフィッチはより大きなGフォースの負荷に常時対応しなければならなかった。
スコフィッチは約1分でルートを制覇すると上空1,500mで翼からダイブし、バックフリップをメイクして今回の「クライミングフライト」を締め括った。勇気、スキル、そして人間の可能性の追求を象徴する “勝利の跳躍” だった。
04

想像を遥かに上回る高難度

スコフィッチにとって、今回のプロジェクトはクライミングチャレンジ以上の意味を持っていた。今回のプロジェクトは、クライミング、フライング、そして自然と真正面から対峙するという彼の情熱の集大成だった。スコフィッチは次のように振り返る。
「信じられないような感覚でしたし、想像していたより遥かに高難度でした。準備万端のつもりでしたが、実際は違いました。本当にできるのかと自分を疑いかけたこともありました。今回のルート難度が適切だったことが幸運でした。あれ以上の難度なら、不可能だったはずです。この体験は、言葉では到底言い表せません。このようなチャレンジは誰もやったことがなかったのですから」
スコフィッチは歴代最年少となる15歳で9aルート完登を記録して、クライミングの歴史を塗り替えると、2016年にはIFSCクライミング・ワールドカップでリード総合優勝を飾り、自らのキャリアをさらに高めていた。
相当な勇気とパーフェクトなタイミングが求められた

相当な勇気とパーフェクトなタイミングが求められた

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上空2,500mで次のホールドを目がけてジャンプする

上空2,500mで次のホールドを目がけてジャンプする

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「この “クライミングフライト” 最大の動機はスカイダイビングでした」とスコフィッチは説明する。
「初めてスカイダイビングの映像を目にした時からトライしてみたいと思っていましたが、費用と時間が莫大だったので、クライミングに専念することにしました。それでも、夢はずっと抱き続けていました」
「クライミングには落下がつきものですし、眼下に空が広がっているときも多いので、崖からジャンプしてみたいと思ったことは何度もありますし、スカイダイビングとクライミングは相性が良いと思っていました。ようやくチャンスが巡ってきて、虜になりましたね。夢が叶いました」
スロベニア軍スポーツ部隊の一員として、スコフィッチは軍事スカイダイビングの訓練を受けた。これは、高高度での技術の熟達メンタルの冷静さが求められた今回のプロジェクトにおける不可欠な基礎となった。
05

優れた空力性能と安定性を備えたグライダー

その歴史と信頼性で知られるBlanikグライダーは、Red Bull Blanixチームのスタント3部作『Akte Blanix』など、数多の壮大なプロジェクトに採用されてきた。チェコ製L-13 Blanikを改造したこの機体は、そのサイズ、安定性、そして異例の荷重下でも許容できる飛行特性が高く評価されている。
低速でも安定して飛行できるBlanikは、今回のプロジェクトに最適な機体だった。現代の高性能グライダーとは異なり、Blanikのアルミニウムフレームはクライミング用のホールドをしっかりと取り付けることができる。また、その安定した空力特性により、クライマーの追加重量やクライマーのアクションが生む非対称な応力を受けても機体を安定させることができる。
グリップの握り替えから、両翼でのムーブまで、あらゆる荷重移動が機体の空力に影響を与えた。このような負荷が加わっても安全を確保できるように、Red Bull Blanixチームは機体のシミュレーションテスト風洞実験を綿密に行った。その結果、たとえ特殊な状況下でもスムーズで予測可能な操縦性が得られた。
Red Bull Blanix所属パイロットのエワルド・ロイスナーとドメン・スコフィッチ

Red Bull Blanix所属パイロットのエワルド・ロイスナーとドメン・スコフィッチ

© Mirja Geh/Red Bull Content Pool

パイロットを務めたエワルド・ロイスナーは、準備作業の重要性について次のように語る。
「フライト中に私たちが交わした会話はごくわずかでしたが、意図的にそうしました。私たちは完ぺきに同期できるまで、あらゆる細部を地上で擦り合わせました。ドメンは私のフライトを正確に把握していましたし、私も彼のクライミングを把握していました。ただ、何かトラブルが起きれば直接やり取りする必要があったでしょう。これに関しては、私たちは明確なルールを設けていました」
06

機体へのホールドの取り付け

空力特性を考慮したクライミング用ホールドは、スコフィッチの父パヴェルが設立したスロベニア企業によって専用設計・製造されたもので、パヴェル本人も力を貸した。カービングスキーの共同発明者でもあるパヴェルは、グライダーへのホールドの取り付けという課題の解決のために自らの専門知識を持ち込んだ。スコフィッチは次のように説明する。
「機体の前に初めて立ったとき、大変なチャレンジになると覚悟しました。幸いなことに、私の父は機械工学エンジニアで、ホールドの取り付けに関するアイディアを思い付いてくれました。アルミニウムは柔らかい金属なので、補強されている部分を見つけて、そこにホールドを固定する必要がありました」
「ルートは機体の構造を考慮して決めました。フレームで一番頑丈な部分にホールドを配置し、空気力学的に形状を整えることで、すべてがまとまりました。ホールドの位置がずれてはいけませんでした」
それぞれのホールドは1.2tの荷重に耐えられるよう設計されており、そこには最先端のエンジニアリングと世界初の上空クライミングルートを実現しようという純然たる気概が盛り込まれていた。
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