フィットネス
HYROX:プロが教える準備と戦略 おすすめアドバイス8選
HYROXは強くて速い人が必ずしも勝てるフィットネスレースではない。準備・ペース配分・メンタルの管理方法を熟知することが重要だ。HYROXの専門家がレース当日に役立つ準備や戦略などについて教えてくれた。
スピーカーが振動し、スタートトンネルが赤く光り、自分の前にはラン8本と強烈なワークアウトステーション8種類が待ち構えている。そして、トレーニングで鍛えてきた持久力、筋力、そして気力を振り絞りながら、スレッドやランジ、ウォールボールなどに挑んでいく… これがHYROXのレース当日だ。
2017年にスタートしたHYROXは現在では世界現象となっており、ベルリンからシカゴまでの世界中のアリーナで開催されている。ビギナーからサブ60を目指すエリートまでのあらゆるレベルの50万人以上のアスリートがシーズンを通じて参加しているため、すでに経験した人、あるいは挑戦を考えている人が周りに増えているはずだ。
ロビンソン・ベントラーは、このフィットネスレースに求められる “肉体改造” を体現している数少ないアスリートのひとりだ。以前は体重104kgのパワーリフターとして活躍していたベントラーは、「昔の私は牛のように強く、ドアよりも幅のある身体をしていましたが、軽い有酸素運動のあとは酸素カプセルが必要でした」と振り返り、HYROXレースへの参加は「当時はまず無理でしたね」と続ける。
しかし、5年の努力のあと、ベントラーはシカゴで開催されたプロ・ダブルスを58分17秒でフィニッシュし、HYROX世界選手権の出場権を獲得した。そこまでの全14レースを通じて、ベントラーはペース配分、栄養補給、ギアの選択などあらゆる面を見直していき、“まず無理” だったHYROXを “何度でもできる” ものに変えた彼は、HYROXのレース戦略を誰よりもマスターしている。
01
トレーニング最終週を重視する
まず、レース直前のトレーニング最終週が重要だ。トレーニング量を少なくして(テーパーリング)、リカバリーを最優先し、食事と栄養補給はレースの持久力を高めるためのものへシフトさせる。ベントラーは次のように説明する。
「HYROXは長時間の高強度レースですので、非常に速いペースで炭水化物を燃料として消費することになります。ですので、レースに向けた栄養補給戦略は、レース前日から始まります。脂肪とタンパク質を控えて消化を楽にしつつ、炭水化物をなるべく多く摂取するようにしましょう」
トレーニングのテーパーリングは、身体がフレッシュな状態でレースを迎えられる助けになる。高強度のウエイトリフティングやロングランではなく、軽めのセッション、可動性トレーニング、自信を深めるワークアウトなどを優先したい。
02
余裕を持って会場入りする
HYROXのレース会場の雰囲気は刺激的だ。チェックインに並ぶ多くのアスリートが独特の緊張を会場内に生み出す。ベントラーが説明する。
「スタートタイムの90分前には会場に到着して、余裕を持ってチェックインや荷物の預け入れ、ウォームアップを済ませましょう。チェックインで時間を取られたくないので、身分証明書とチケットを忘れないようにしましょう」
「また、ワークアウトステーションの順番や位置などコースレイアウトをチェックして、レースがどのように進んでいくのか、自分がどのように進めば良いのかを理解しておきましょう。デビューレースなら、このステップは非常に重要です」
レースがスタートするとアスリートたちが一斉に飛び出していきますし、アドレナリンが分泌されているので、彼らと同じスタートを切りたくなりますが、自分のレースプランに沿うようにしましょう
ここから先は細かく時間を切っていく。ベントラーはレーススタートの30〜45分前にウォームアップを始めることを推奨している。
「ウォームアップで負荷を掛けすぎたり、ウォームアップの時間が短すぎたりする初心者は少なくありません。結果、スタートから5分後にもう疲れてしまったり、準備不足でスタートを迎えたりしてしまうのです。HYROXレースは60〜90分続く高強度の全身運動ですので、時間をかけて代謝や筋肉、メンタルを準備する必要があります」
ベントラーのウォームアップは、実用性と生理効果を均等に組み合わせている。まず、エアロバイクまたはトレッドミルでのイージーペース10分を消化したあと、足首、臀部、胸椎の柔軟、体幹系、各ステーションのテクニックの復習に取り組む。そしてさらに、スタートトンネルへ向かう前に短時間のスキーエルゴで心拍数を高めている彼は、レース前はトイレが混雑するため、トイレ用に10分を確保している。
03
スタートで焦らない
スタートラインはアドレナリン分泌間違いなしだ。アスリートたちが一斉に飛び出し、観客が声援を送る。そのため、このタイミングでペースを乱しがちだ。ベントラーにはその経験があり、そこから学んでいる。
「レースがスタートするとアスリートたちが一斉に飛び出していきますし、アドレナリンが分泌されているので、彼らと同じスタートを切りたくなりますが、自分のレースプランに沿うようにしましょう」
レースプランで重要になってくるのが均等なペース配分だ。
「HYROXのペースに関するベストアドバイスは、75分間維持できるペースを設定することです。80%程度で走っている感覚が得られていればOKです。残り20%は乳酸が溜まるワークステーションのために残しておきます。走りながら2〜3文話せるなら、正しいペースと言えます。息が切れそうなら、少しペースを落としてください」
力強いレースができているかどうかの指標になるのが “一貫性” だ。ベントラーはラップタイムがその確認に役立つとしている。「良いレースができているかどうかの重要な指標のひとつが、ランの安定したラップタイムです。レース序盤を少し遅めのペースで走れば、レース後半に感謝するでしょう」
04
ローイングでセルフチェックする
ステーションごとに異なる形で身体に刺激が入るHYROXでは、ステーションを終えるたびに乳酸が溜まった状態でランを始めることになる。つまり、コンディションの管理がレースの成否を分ける要因のひとつになりえる。ベントラーは5番目のステーション、ローイングがその重要なチェックポイントになると考えている。
「5番目のステーションからレースは後半に突入します。ここで一度落ち着いて自分のエナジーレベルを確認しましょう。ランのラップタイムが大きく低下していないでしょうか? レースが楽に進みすぎていないでしょうか? ローイングをしながらレース戦略を振り返り、少しペースを落としてリカバリーするか、もう少しプッシュすべきかを判断しましょう」
ここから先はレースを細かく分けていくことがひときわ重要になる。
「タフなステーションでもメンタルを強くクリアに維持するために、レースを細かいセクションに分けて、目の前のタスクにだけ集中しましょう。ステーションなら次のレップ、ランニングなら次のコーナーだけに集中するのです。細かいセクションに分けて、ひとつずつ完了させていけば、自信が深まっていきますし、レース全体が簡単に感じられるようになります」
05
栄養補給方法を考える
ベントラーは栄養補給をパフォーマンスの変数として組み込んでいる。付加的なものではないのだ。彼は、レーススタートの2〜3時間前にしっかりと食事を摂り、1時間前にバナナ1本またはエナジージェル1個を追加し、レース用にエナジージェル1個を用意している。
「レース直前は、消化の良いバナナかエナジージェルが良いでしょう。また、ローイング前にエナジージェルを食べることを推奨します。このステーションはレースの折り返しですし、走っているときよりも座っているときの方が消化しやすいです」
リカバリーはレース終了直後から始まる。「レースを終えたあと、あなたの身体は水分と炭水化物を欲しています。ですので、水分と炭水化物をできる限り早くしっかりと摂取してください。糖分が含まれたドリンクがベストです。なぜなら、すぐに吸収され、グリコーゲンを補充してくれます。また、10〜15分のクールダウンバイクライドを行えば、リカバリー速度が上昇します」
06
正しいギアを選ぶ
ベントラーは、シューズが一番大きな違いを生むギアとし、次のように説明している。
「最も重要なギアはランニングシューズです。足をシューズに慣らしておきましょう。ランジ、ウォールボール、カーブのあるランニングコースで安定できるシューズを選びましょう。また、スレッドプッシュとスレッドプルではグリップが不可欠です」
軽量で吸汗性に優れているウェアも高温多湿のレース環境では重要になる。また、スポーツウォッチやスポーツ用スマートウォッチはラップタイムやペースの把握に役立つ。グローブは個人の好みだ。
07
全力を尽くす
ベントラーにとって、ウォーキングランジは制御されたエフォートからフルエフォートへの転換点になるステーションだ。「ランジまでは、ハードワークしながら多少プッシュできる感覚を残しておくべきですが、ランジが終わったあとは全力を振り絞っていくべきです」
彼の最近のレースデータからは、このアプローチがどのように実行されているのかが確認できる。
ハンブルクでの彼のランニング合計タイムは31分57秒で、平均ラップタイムは約4分、ベストラップは3分54秒だった。一方、ステーション合計タイムは29分6秒で、1ステーションの平均タイムは3分38秒だ。これらの数字からは、正しいペース配分と栄養補給、高い集中力がレース終盤でもパフォーマンスをキープするための要因になることが分かってくる。
しかし、やはりフィニッシュが最高の瞬間のようだ。ベントラーが説明する。「全力を尽くしてフィニッシュラインを越える瞬間は、一生忘れられない思い出になりますね」
競技者は気分の高揚を味わうと同時に、これまでの人生で重ねてきた選択を振り返ることにもなります
08
経験から学ぶ
ベントラーは、これまでのHYROXレース活動の中で最も大きく変化した点はペースとし、次のように説明する。
「最初のHYROXレースではスタート直後に飛ばしすぎてしまい、フィニッシュするのがやっとでした。ですが、今は快適に継続できるペースを掴めていますし、レース全体でエナジーを配分していく必要も理解しています。失敗はプロセスの一部ですし、これまでの14レースを通じて、失敗から様々なことを学んできました」
彼のこの言葉は、レース当日が単なる体力勝負ではないことを思い出させてくれる。HYROXでは、冷静さ、規律、忍耐力が、レースがただのサバイバルになるか、それとも美しい熟達になるかを決める要因になる。また、ベントラーが言っている通り、HYROXは山あり谷ありのひとつの大きな経験だ。
「レースの参加者は気分の高揚を味わうと同時に、それまでの人生で重ねてきた選択を振り返ることにもなります。この2つを行き来するほど厳しいのです。ですので、目の前のタスクに集中しつつ、会場の刺激に満ちた雰囲気を楽しむようにしてください」
ロビンソン・ベントラー
ロビンソン・ベントラーはスポーツ科学の専門家(MSc)でhybridtrainingsystem.netの創設者。パーソナルトレーナーとして5年以上働いた経験を持つベントラーは、HYROXレースに向けたアスリートのトレーニングを専門としており、科学的なトレーニングメソッドと実用的なコーチングでアスリートをピークパフォーマンスへ導いている。
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