Alexander Roncevic competes in Men’s Elite 15 at the Hyrox World Championship in Chicago, USA on June 12, 2025.
© Christian Pondella/Red Bull Content Pool

HYROXトレーニングガイド:VO₂ Maxと閾値トレーニングの違い

HYROXマスターコーチを務めるティアゴ・ロウザンに、レース当日のスピード向上に役立つ実践的な練習方法、アスリートの成長を阻むミス、限界を超えることなくスピードを高める解決法を伝授してもらった。
Written by Ed Cooper
読み終わるまで:11分Published on
1回目、または10回目のHYROXレースを問わず、アスリートが考えるべきことは数多く存在する。しかも、考えるのはスタートラインに立ったときだけではない。
どれくらいのスピードでスタートすれば良いのだろうか? 補給プランは? 各ランの現実的なペースは? HYROXレースに向けたトレーニングブロックも重視されるべき領域で、各週のセッション回数から全身の強度の向上まで考える必要がある。
全身の強度の向上においては、トレーニングとレース当日の両方で、《VO₂ Max》《乳酸閾値》という2つの指標が大きな役割を果たす。これらの概念をより深く理解するために、昨今好調なHYROXワールドチャンピオンのアレクサンダル・ロンチェビッチを支えるHYROXマスターコーチ、ティアゴ・ロウザンの助けを借りよう。
アレクサンダル・ロンチェビッチを指導するHYROXマスターコーチのティアゴ・ロウザン

アレクサンダル・ロンチェビッチを指導するHYROXマスターコーチのティアゴ・ロウザン

© Filipa Ribeiro @filiparibeiro.lab

01

VO₂ Maxとは? 乳酸閾値とは?

「VO₂ Max(最大酸素摂取量)とは、最大限のパフォーマンス時に身体が使用できる酸素の最大量を意味します」とロウザンは切り出す。
「筋肉群がパワーを発揮するためには酸素が必要ですので、VO₂ Maxはリッター単位で表される自分のエンジンサイズと考えると良いでしょう。VO₂ Maxトレーニングは高強度に感じられます。3〜4分の長いインターバルトレーニングでは特にそう感じるでしょう」
ロウザンによれば、VO₂ Maxトレーニングは、ロンチェビッチのような鍛え上げられたアスリートや自分でもきつく感じるとしている。
一方、乳酸閾値トレーニングについて、ロウザンは次のように説明する。
「乳酸閾値(閾値 / 乳酸性作業閾値)とは、身体が限界を超えずに維持できる最大ペースを指します。乳酸が体内に溜まるスピードよりも高いスピードで排出されるため乳酸が体内に溜まらない状態を保てる限界値です。閾値を超えてしまうと、体内に乳酸が溜まり、ペースが低下します。自分の閾値を下回っている時間が長ければ、それだけ良好なペースを維持できるのです」
02

HYROXにおけるVO₂ Maxの重要度

VO₂ Maxは重要だが、HYROXでの成功を決定づける要素ではない

VO₂ Maxは重要だが、HYROXでの成功を決定づける要素ではない

© Markus Berger/Red Bull Content Pool

HYROXにおいてVO₂ Maxは重要だが、おそらくその重要性は多くのアスリートが考えるよりもわずかに低い。ロウザンは、ほとんどのアスリートはスマートウォッチに表示されるVO₂ Max値を見ているだけで、その数値が各スポーツ固有であることを理解していないと指摘している。
「たとえば、ロンチェビッチがトレッドミル、プール、ローイングマシン、あるいはバイクでVO₂ Maxトレーニングを測定すれば、それぞれで異なる数値を記録するはずです」とロウザンは語る。
HYROXは、ほぼ半分をランニングが占めているため、ランニング用テストがVO₂ Maxを把握する唯一の方法になる。それでも、ロウザンはVO₂ Maxはパフォーマンスという巨大なパズルの1ピースに過ぎないと断言する。ロウザンは、90台という極めて高いVO₂ Maxを記録したと言われるトップサイクリスト、タデイ・ポガチャルのような極端な例を挙げて説明する。
「たとえば、ポガチャルは、HYROXプロのウエイトをリフトできずに苦労するはずです」とロウザンは語る。また、VO₂ Max史上最大値を記録したと言われるトライアスリートのクリスティアン・ブルンメンフェルトも、出場するすべてのレースを圧勝できているわけではない。
ロウザンはまた、VO₂ Maxと乳酸閾値の高度な関係性を目の当たりにした最近の経験についても言及する。
「ケニアで行われたハイブリッドランニングキャンプで、私はワールドクラスのアスリートやコーチ陣と一緒にトレーニングしました。彼らのようなトップアスリートたちでも、VO₂ Maxトレーニングは難しいと感じています」と彼は語る。
「ですので、その代わりに、彼らは閾値トレーニングに重点を置き、閾値走のペースをVO₂ Maxに近づけようとしています。しかしながら、彼らのVO₂ Maxは私たちのイメージほど高いわけではありません」
HYROXのような長時間のエフォートでは、乳酸閾値トレーニングがより重要となる

HYROXのような長時間のエフォートでは、乳酸閾値トレーニングがより重要となる

© Christian Pondella/Red Bull Content Pool

HYROX、10kmラン、ハーフマラソンのようなスポーツでは、閾値トレーニングが最重要パフォーマンス指標でしょう
ティアゴ・ロウザン
ここから見えてくるのは、VO₂ Maxとは生理学的に可能だが、保証はされない出力を指しているということだ。HYROXでは筋力、出力、筋持久力が等しく重要で、無酸素運動閾値(アスリートが45~60分間に渡りVO₂ Maxにどれだけ近い状態を保てるか)の方がより正確なレースパフォーマンス予測指標になるときも少なくない。しかし、ロウザンによれば、これらでもベストパフォーマンスには不十分としている。
「マインドセット、ペース設定、プッシュすべきタイミングと抑えるべきタイミングの見極め… これらの主観的要素も結果を大きく左右します」とロウザンは語る。
ロウザンは、全マシンが同じエンジン規則に適合しながら、ごくわずかなマシン特性や戦術上の決断、そしてドライバーの能力が最終結果を決めるという点で、F1とHYROXレースは似ているとしている。
同様に、動作の効率、技術的なスキル、レースクラフトが、アスリートが早くに限界に達してしまうか、それとも自分のフィットネスを勝てるパフォーマンスに繋げられるかを決める点でもF1とHYROXレースは似ている。

ティアゴ・ロウザンについて:元特殊警察部隊のHYROXエキスパート

03

HYROXの閾値トレーニング

VO₂ Maxが注目される機会は少なくないが、ロウザンはHYROXのより重要なパフォーマンス指標は閾値トレーニングと断言する。しかし、一方で「乳酸閾値は総合的フィットネスのある種普遍的な “スイートスポット” 」という考えは否定している。
たとえば、ワールドクラスのアスリートの多くは、ロウザンが呼ぶところの “貧弱な乳酸閾値” ながら、並外れたフィットネスを備えている。なぜなら、乳酸閾値は各スポーツで実際に求められることとほぼ関係ないからだ。
ところが、HYROXでは、乳酸閾値が “パフォーマンス方程式” の中心に位置している。HYROXのレースは長時間かつ高強度のため、閾値付近を40~60分間維持できる能力は、そのアスリートがいかに速くコースを進めるかを示す最も明確な指標になる。
「HYROX、10kmラン、ハーフマラソンのようなスポーツでは、閾値トレーニングが最重要パフォーマンス指標でしょう」とロウザンは説明する。
乳酸閾値に重点を置いたトレーニングはHYROXにおいて大きな助けになる

乳酸閾値に重点を置いたトレーニングはHYROXにおいて大きな助けになる

© Philipp Carl Riedl/Red Bull Content Pool

生理学的ポテンシャルを示すVO₂ Maxとは異なり、閾値はそのアスリートが一貫して維持できる能力、つまり、マシン、ラン、ウエイトを経由していく長時間のストレス下で効率的にパワーを発揮できる能力を反映している。ロウザンは、現実的な話として、HYROXアスリートはレースの大半で閾値ペースを維持できるようになることを目標にするべきとしている。
乳酸閾値が高く安定すれば、アスリートは限界を超えることなくプッシュを続け、後半でペースアップできる余力も残し、さらには自分のパフォーマンスとトレーニングの結果の差をなくせるようになる。
04

HYROX用閾値トレーニングの進め方

ロウザンの乳酸閾値強化方法は、週8〜10時間をトレーニングに費やしているアマチュアアスリートを念頭に置いている。目標はシンプルで、様々な乳酸閾値(あるいはこれをわずかに下回る値での)ワークアウトを十分に重ねることで閾値付近のペースに慣れ、レース当日も再現できるようにすることにある。
ロウザンは、週2回の集中的な閾値トレーニングセッション(ランニング1回、エアロバイク1回)を軸にしつつ、エルゴ系でのVO₂ Maxセッション1〜2回で補完することを推奨している。スキーエルゴやローイングエルゴを起用すれば、インパクトが低いため疲労が管理しやすい。一方、閾値セッションでは、ヒルリピートや脚を守るためのストレングス系エフォートに取り組む方が上手く進められるだろう。
ロウザンは、HYROXに特化したセッションを重ねているアスリートなら、上記のセッションでも閾値付近をキープすることを提案している。エフォート4分 / レスト1分のEMOMのようなフォーマットなら、レッドゾーンに達することなく質の高いワークアウトを重ねていける。
ロウザンが取り入れているHYROX用乳酸閾値EMOMトレーニングの例は以下の通りだ。持続可能・反復可能な出力で8〜10ラウンドを繰り返そう。
  • バーピー(18〜20レップ)
  • 100kgスレッドプッシュ25m
  • ローイングで18〜20kcal消費
  • エアースクワット(20レップ)+ウォールボール(15レップ)
  • レスト1分
乳酸閾値トレーニングは楽ではないが、レースで恩恵を発揮する

乳酸閾値トレーニングは楽ではないが、レースで恩恵を発揮する

© Christian Pondella/Red Bull Content Pool

持久力向上には時間がかかるので、トレーニングは楽しめる内容にしましょう
ティアゴ・ロウザン
カギを握るのは一貫性だ。閾値付近でのトレーニングに費やす時間が長ければ長いほど、レース当日に疲労してきても閾値を維持できるコントロール能力が向上する。ロウザンは次のように説明する。
「閾値セッションは通常長時間で、レースペースを想定しています。アスリートたちはより短時間のレストでより長時間のインターバルに取り組みます。レストの時間はワークアウトの時間よりも大幅に短縮されるべきです。たとえば、あるアスリートが5〜6分の閾値レップに取り組むなら、完全回復は無理ですがリセットはできる1〜2分をレストに設定するべきです」
ロウザンは、異なるアプローチでセットを組むことも可能としている。
「たとえば、レスト1分のインターバル4回、またはワークアウト12分のあとレスト2〜3分を設ける長めのセットでも良いでしょう。セッション1回の合計時間は40分、50分、60分程度です。レースペースに対応できるようになることが、このようなセッションの目標です」

ピラミッドの基礎を整える

様々なエクササイズによって均整の取れたフィットネスが作り上げられる

様々なエクササイズによって均整の取れたフィットネスが作り上げられる

© Leo Francis / Red Bull Content Pool

多くのHYROXアスリートが、自分の “エンジン” ができあがる前に見栄えの良いVO₂ Maxワークアウトに取り組んで失敗している。ロウザンはこのようなミスを幾度となく見てきた。自分のペースを適当に予測したり、自分の能力を超えたインターバルを設定したり、高強度トレーニングに連続で取り組んだり、VO₂ Maxトレーニングを無関係なセッションに無理矢理組み込んだりしているのだ。
また、閾値トレーニングでは、ランのスピードが速すぎたり、レストの時間が長すぎたり、セッションのバリエーションが多すぎて “レースペース向上” の効果が薄れてしまうのも避けたい。
これらに対するロウザンの解決方法は「パフォーマンスの元となる部分 = 基礎から始める」だ。「有酸素能力とストレングスが基礎で、これら以外のすべてはこれらの上に成り立ちます」と語るロウザンは、ピラミッドになぞらえて説明する。
まず基礎があり、その上にテクニックとムーブメントの効率性が積み重ねられることで、スピード、パワー、VO₂ Maxが向上していく。そして、このピラミッドの頂点に位置するのが、レースペースに直結する乳酸閾値だ。
「基礎作りを怠れば、頂点がぐらつきます」とロウザンが語る通り、基礎を正しく整えてこそ、VO₂ Max、乳酸閾値、HYROX特有の過酷なワークアウトを含むあらゆるハードなセッションが「レーススピード向上」という本来の目標に向けて効果を発揮し始めるのだ。
05

乳酸閾値の調べ方

【Red Bull HYROX Coaches Camp Silverstone 2025】の参加者たち

【Red Bull HYROX Coaches Camp Silverstone 2025】の参加者たち

© Leo Francis / Red Bull Content Pool

自分の乳酸閾値の簡単な調べ方は、特定のペースでの心拍数の計測だ。ロウザンは次のように語る。
「イージーペースのラン20分のあと、ウォッチをリセットして平均心拍数を記録しながら閾値付近のペースのラン30分を行います。閾値付近のペースとは、45〜60分維持できる最速ペースです。このテストを4週間ごとに同じペースで行い、徐々に心拍数が下がっていくかチェックしていきましょう」
「数カ月後に心拍数がある程度低下していれば、ペースとスピードを上げて同じテストを繰り返しましょう。こうすることで、閾値ペースが向上していきます」
06

ロウザンからのアドバイス

最後に、ロウザンは次のようなアドバイスを送る。
持久力向上には時間がかかるので、トレーニングは楽しめる内容にしましょう。友人と連れ立ったり、山やビーチを巡ったりするのも良いですし、ドキュメンタリーを見たり、ポッドキャストを聴いたりしながらエアロバイクに取り組むのも良いですね。自分のイージーペースを尊重してください。レースを難しくするのではなく、楽しいものにすることが目的であることを忘れないでください」
▶︎RedBull.comでは世界から発信される記事を毎週更新中! トップページからチェック!

関連コンテンツ

Alexander Rončević

From swimming pools to fitness racing podiums – Austria's Alexander Rončević is a HYROX champion. This is his journey.

オーストリアオーストリア
プロフィールを見る